第96回  生体に学ぶロボット開発

“生体ゆらぎ”を制御に活かす

生物の生命活動のさまざまな機能を誘発している と言われる“生体ゆらぎ”。ゆらぎ(ノイズ)を利用するこれまでにないアプローチで、 人の動きを再現する、生体に学ぶロボット開発とは?
生体に学んだロボット

生体に学んだロボット

 内視鏡手術支援ロボット(写真左)は最初に人の手でセッティングされ、手術開始後は完全な自律制御によりカメラを操作する。人の手の構造に倣ったロボットハンド(写真右上)には指の部分に空気圧で駆動する人工筋肉(写真右下)がいくつも内蔵されており、人の筋肉のようにそれぞれが互いに協調し合うことで5本の指を自在に動かすことができる。

身体に数個の小さな孔を開けて行う内視鏡手術が普及していますが、開腹手術と異なり、医師は直接患部を見ることができず、専門の助手が操作する内視鏡カメラのモニター映像を見ながらメスや鉗子を操作しなければなりません。そのため、内視鏡カメラの操作には、医師の意図をくみ取る高度な技術が必要とされます。実際に、医師が詳細に見たい患部がうまく観察できずに手術中にミスが起こるという問題も発生しており、助手に代わってカメラを的確に操作するロボットの開発が注目されています。

手術に際しては、ケースごとや場面ごとに求められる視野が異なるため、熟練したカメラ助手の技術を単純にモデル化してロボットを制御するのは限界があります。そこで着目したのが、“生体ゆらぎ”を利用する方法でした。たとえば、筋肉の収縮はミオシンという生体分子(モータータンパク質)がゆらゆらと揺れながら動くことで誘発されるのですが、動作のみならず、知覚や生体調整などあらゆる生命活動にさまざまなゆらぎが存在します。それによって生物は環境変化に柔軟に対応し、より良い状態へ移行できると言われているのです。

そうした生物の環境適応能を表わす“ゆらぎ方程式”を制御に応用した、内視鏡手術支援ロボットが開発されました。熟練の医師とカメラ助手による動きの速度などのデータを分析した結果、左手器具の動きで医師にとって心地よい視野かどうかを判断できることが示唆されたのです。この評価法を採用したアルゴリズムにより、左手の動きが安定していると“心地よさ”が、左手が急激に動くと“ゆらぎ”が支配的になるという相互作用を繰り返すなかでロボットは学習し、目標値を更新してカメラを自律的に動かすことが可能となりました。

医師による実験の結果、熟練したカメラ助手が行ったときと非常に近い状態で手術ができたという高評価も得られました。また、人の動きを再現するハンドロボットの研究なども進められており、複雑で正確な操作をこなすロボットの実用化に期待が寄せられているのです。

 

西川 敦 教授
信州大学 繊維学部 機械・ロボット学系バイオエンジニアリング課程

西川 敦 教授

 人から学び、人と共存するロボットをつくる

科学と工学の融合に興味をもったことがキッカケで、ロボティクスの研究をするようになりました。人とロボットが共生するためには、コミュニケーションが重要な要素であり、ロボットに人の動きを認識させ、解析させる研究を続けていたところ、医療ロボットを開発してほしいという話しをいただいて、生物と工学を融合させたバイオエンジニアリングの研究へとつながってきたのです。 現在は、“生体ゆらぎ”の応用研究と並行して、人の指、筋肉、骨格構造などに倣った人と同じ大きさの筋骨格ロボットの開発も行っています。人の筋肉や関節の動きがどう制御されているのかを学び、それを再現することで、従来のロボットとは違うメカニズムで、人のようにしなやかに動くことができるロボットが実現できるのではないかと考えています。

 

トピックス

 生物は、生きるためにより良い環境を求めます。環境が良ければ心地よさを感じ、ゆらぎは相対的に弱くなりますが常に存在しています。あるとき環境が一変するとゆらぎが勝り、別の答え、別の心地よさを求めて何らかのアクションが起きるのです。 脳の視覚認識においてもゆらぎは存在し、たとえば、若い娘にも老婆にも見えるというだまし絵を見せられたとき、1つの答えを見つけると脳は心地よい状態になります。ところが、「ちょっと待てよ」という状況、つまり心地よさが低くなる状況が訪れると、ゆらぎが心地よさに比べて相対的に大きくなるため、別の答えを見つけようという探索が効率的に行われ、新たな答えが見つかると再び心地よい状態になり、ゆらぎは相対的に小さくなります。生物の営みの根元に、ゆらぎがあると言えるのです。

 

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