第 6回  ラッカセイに学ぶリン資源の有効活用

リン鉱石の枯渇を救うラッカセイの生態

ラッカセイ

ラッカセイ(マメ科ラッカセイ属)

 南米原産のマメ科作物。その主成分は油で、タンパク質やビタミンB2を多く含んでいる。高さ50~70cm程に成長し、地上で花を咲かせた後、花が落ち、その付け根が伸びて針のように土へもぐる。その針の先が膨らみ、さやに覆われた実ができる。この生態から”落花生”と名付けられた。

DNAやATPを構成する、生命活動に不可欠なリン。 しかし、肥料の濫造で、その鉱石の枯渇が危惧されている。 土壌に蓄積するリンを回収する鍵は、身近な豆がつくる酵素。 有用資源を循環活用させる、ラッカセイに学ぶ新技術とは?


生物にとって”リン”は、遺伝子をつくるための核酸や、エネルギー源となるATPをつくるために不可欠な元素。人はそれを農作物から摂取し、農作物は土壌 に撒かれる肥料から摂取しています。しかし、植物が利用できるのは撒かれたリンのわずかに10%。残りは土の中に存在するカルシウムや鉄などと結合し、土 壌中に蓄積されているのです。


植物が生長するのに不可欠な栄養素である「窒素」、「カリウム」、「リン」。これらは植物の三大栄養素と呼ばれ、市販されている肥料にも多く含まれています。


窒素は主に、葉を茂らせたり、茎を太く丈夫にするなどといった役割をもっています。不足すると、葉っぱの色が薄く、茎も細くなります。また、草丈の成長が 止まるなど、貧弱な植物になってしまいます。カリウムは根と茎の成長に必要な成分で、不足すると根が十分に成長出来ず、土壌からの栄養分の吸収効率が悪く なります。またカリウムは病気などに耐える抵抗性を身につけ、植物を丈夫で健康に保つ働きも持っています。


それに対し、リンは花や実を大きく育てることに影響しているため、当然不足すると花付きや実なりが悪くなります。実のなる野菜や果実の生長には特に欠かせません。


リン鉱石が2050年にも枯渇すると推測され、資源の不足が懸念される中、土壌に残ったリンを回収し、循環利用する技術が世界中で求められています。そして、その画期的なヒントを与えてくれたのは、おつまみとしておなじみの”ラッカセイ”の生態でした。


古くから千葉や茨城の特産物として有名なラッカセイですが、この地域はもともと火山灰地質。「黒ボク土」という、植物が吸収できない有機態リンを多く含む土壌でした。植物の生育には適さない環境下でも栽培できた秘密は、その”根”の機能にあります。


ラッカセイの根は、根毛を持たず、栄養分の吸収に必ずしも有利な形態ではありませんが、そのかわりに「ホスファターゼ」という酵素を多量に分泌し、強固な 有機態リンを吸収可能なリン酸イオンへと分解します。他の植物が吸収できない難溶性リンを戦略的に取り込むことで、ラッカセイは生きる場を得たのです。


この技術を応用し、資源回収作物が開発されれば、土壌に眠っているリンの再利用が可能になり、リンの流出を原因としたアオコの発生防止など、環境問題の解決にも貢献するはずです。

 


矢野勝也 助手
名古屋大学大学院 生命農学研究科

矢野勝也 助手


 植物と土壌微生物の共生現象に興味を持ったのは学生時代。その時偶然に材料としていたラッカセイが現在の研究へとつながっています。広い範囲の諸空 物種と共生する菌根菌のリン吸収促進効果や、リンに飢える生物間競争を研究する中で、リン肥料の非効率な撒布利用や、土壌中の多量な堆積状況、そしてリン 資源そのものが枯渇の危機に直面していることを知り、その解決をはかる方法はないかと考えはじめました。そもそもリンは、窒素やカリウムなどとは違い、生 物にそれほど多量に含まれるミネラルではないので、生物にとっては需要の高い貴重品となるのです。ここで大切なのは、植物が必要とする分だけを効率よく供 給させる土壌環境の創出。ラッカセイの研究が進むことで、リン資源をうまく循環させることができるはずです。

私が所属する農学部は生物の応用を考える学問分野ですが、農業生産のみならず広く社会が要請する課題にも、応用範囲を広げていけるのではないかと思ってい ます。そのためには、工学部や企業などとも交流・協力を進めることによって、多分野に活かす新発想がますます重要視されるでしょう。

 

トピックス

 かつて、植物の三大栄養素である窒素は、アタカマ砂漠などで採掘される硝石に頼り、カリウムは、草木を焼いた灰から、リンは、モロッコなどのリン鉱石の採掘、そればかりでなく動物の骨紛に至るまで利用されるなど、あらゆる工夫のもとに確保されてきました。 現在では、窒素は空気中のものを固定利用する技術が開発され、カリウムは多量に存在する岩塩から確保できるようになりました。しかし未だにリンだけは、枯渇が懸念されるリン鉱石のみに頼る状態です。リンに関しても、新たな確保の方法が必要なのです。 そのような中、土中に眠る利用されていないリンを、再回収・再利用する研究が、2000年頃から世界各地で徐々に広がりつつあります。 カルシウムとの強い結合力によって、リンとカルシウムを分解するクエン酸。それを根から多量に分泌する遺伝子改変たばこの研究からはじまり、海外の製紙会社では、伐採した森林に、クエン酸を分泌するアカシヤを植林するなど、少しずつリンの循環利用を目指した活動が進んできています。

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