第52回 昆虫に学ぶ環境適応性
昆虫の行動をロボットで検証
昆虫の動きや体を手本としたロボット開発が盛んですが、昆虫を司令塔として動くユニークなロボットが試作され、昆虫の生体研究に利用されています。それは、「昆虫操作型ロボット」と名付けられた動く実験装置で、さまざまな条件下で昆虫が変化にどのように対応するのか、環境適応性を調べようというものです。
ロボットと昆虫を融合することで,、昆虫を取り巻く環境にさまざまな変化を与えることができます。たとえば、ロボットの左右のモーターの回転のバランスを崩してしまえしてしまえば,、操縦者である昆虫の意図しない運動が起こり、進もうとする方向とは異なる方へ向かってしまいます。あるいは、昆虫の動きに対してロボットがわずかに遅れて動作すると、昆虫はどのような反応をみせるのでしょう。昆虫が十分な適応能力を持つのであれば,、このような運動の変化を知覚し、適切な補正を行うことが考えられます。
現在、カイコガのオスがメスの性フェロモンの匂い情報に反応し、歩いてメスを探す習性本能行動を利用した実験が行われています。匂いは空気中に分散して存在するため、カイコガは、匂い源を探すときに直進、ジグザグ、回転という、まるで脳内にプログラムされたようなパターン行動行動パターンを示しますとります。このパターンをくり返しながら、徐々に匂い源に近づいていくのです。ロボットの基本設計はカイコガの動きを忠実に再現しますが、モーターバランスを変えて一方向への動きだけ大きくするという実験では、カイコガがは直ちにそれを補正する動きをして、高い確率で目的の場所へたどり着けることが明らかにされました。
こうした、昆虫が生きるために身に着けた適応能力を、さまざまな条件下で検証し、ロボット開発に生かそうというのが研究目的の1つです。並行して、昆虫の脳のメカニズム研究も行われています。微小な神経回路のなかで、どのように情報が処理されているのか…。研究が進んで、昆虫脳モデルのICチップが開発されれば、昆虫のように環境の変化にも柔軟に対応できるマイクロロボットが誕生するかもしれないのです。
安藤規泰 助教
東京大学 先端科学技術研究センター
堕ちない安全な飛行機をつくりたい
昆虫は、周囲の環境から必要最低限の情報のみを得て処理することで、シンプルな神経系でありながら高い環境適応性をの神経系はとてもシンプルですが、周辺環境から必要最低限の情報をとってきて処理し、変化に対応しています実現しています。その環境適応性は、ロボティクスの世界では非常に重要な命題です。私たちの生活する実際の環境は、時々刻々と複雑に変化します。したがって、すべての環境を想定してロボットを動かすと、膨大なプログラムが必要になります。たとえば、二足歩行ロボットを動かすには膨大なプログラミングが必要ですが、それでも想定した環境下でしか動かすことができません。昆虫の脳の仕組みを解析し、環境適応的なシステムが開発できれば、少ないプログラムシンプルなシステムでで自由に動けるロボットが可能になるでしょう。
私は、子どもの頃からずっと、堕ちない安全な飛行機をつくりたいと思っています。たとえば、羽翅羽がちぎれた昆虫は、それをセンサーで感知すると翅羽の状態の変化やそれに伴う環境の変化を感知し、すぐに羽ばたきのパターンを変えて安全な場所まで飛んで避難します飛び続けることができます。昆虫にの適応能力に学ぶ研究が、いつの日か堕ちない安全な飛行機の開発につながる。それが、私の研究のモチベーションになっています。
人間の脳の神経細胞(ニューロン)が約1000億個あるのに対して、昆虫は10万~100万個程度と言います。はるかに少ないニューロンで構成された昆虫の微小脳は、人間と同じように情報処理を行い、捕食、危険回避、繁殖、帰巣といった生きるために必要な行動を制御しているのです。一般に、昆虫と脊椎動物はまったく別種の生物だと思われていますが、実は、中枢神経、目、心臓ほか体を形成するための遺伝子が共通であることも発見されています。シンプルでありながら精緻な昆虫の脳と行動のメカニズムを解明することは、複雑な人間の脳の研究にも役立つと考えられ、さまざまな形で昆虫の研究が行われています。昆虫が学習能力や記憶力を身に着けてきたこともわかっており、昆虫の小さな脳に学んだICチップには大きな期待が寄せられているのです。 Views: 34