第51回 昆虫の羽に学ぶインフレータブル構造物
昆虫の羽を模した宇宙構造物の設計
国際宇宙ステーションで運用される日本の実験棟「きぼう」。そこでは、無重力空間を利用してさまざまな実験が行われる予定ですが、その1つにインフレータブル構造物の展開実験があります。インフレータブルとは、袋状にした膜にガスを注入して膨らませて建造物をつくるもので、運搬するときは小さく畳んで収納し、現場で大きく展開して利用できるという利点があります。また、使用する部品の数を少なくできるというメリットもあります。
宇宙空間を走行するソーラーセイルや進展式アンテナなど、宇宙で使うさまざまな構造物へ利用する研究が活発に行われていますが、大型の構造物をできるだけ小さく軽く収納し、望まれる形に展開・硬化するための画期的な技術を模索しているのが現状です。複雑な構造物をできるだけ簡単に宇宙空間で実現するには、どのような方法がベストなのか…。そこで着目したのが、昆虫の羽化の仕組みと羽の形状でした。
トンボは翅脈(しみゃく)(血管)に体液を流して圧力を加えることで羽化しますが、羽化前の羽はいくつもの小さなヒダに折り畳まれています。また、主要な翅脈は枝状に分かれており、根元から徐々に効率よく圧力が伝わり、畳まれた部分がキレイに開いて広がっていくのです。そして、その畳まれ方は、ミウラ折りとして知られる折り紙の折り方と共通点があることがわかったのです。
ミウラ折りは、山折りと谷折りを組み合わせた特殊な折り方で、折り畳んだ紙を瞬時に開き、容易に畳んだ状態に戻すことができ、すでに宇宙分野でも折り畳み式パネルなどに応用されています。現在、このミウラ折りに昆虫の翅脈構造を取り入れてガスを注入する研究が進められ、注目されています。昆虫の羽を模した構造を巧みに設計できれば、球面などさまざまな立体形状のインフレータブル構造が可能になると期待されているのです。
泉田 啓 教授/正角 豊さん
金沢大学大学院 自然科学研究科
夢は、太陽発電衛星をつくること
来の宇宙構造物の設計には、インフレータブル構造は不可欠で、さまざまな研究が行われています。しかし、比較的単純な外形でも、蓄積したノウハウを基に試行錯誤しながら折り畳み方を設計しているのが現状です。 私の研究の最終目標は、エネルギー危機に対応できる太陽発電衛星をつくることですが、規模は数キロメートルに及ぶでしょう。その実現のためには、複数の部材を組立てた状態で畳んで収納し、スイッチ1つで展開できる構造物を設計する必要があります。5年ほど前には、芒星折(ぼうせいおり)を開発し、真っ直ぐな棒状に膨らますことに成功しました。ミウラ折りを利用して、昆虫の羽のように展開する手法もできあがりつつあります。今後は、さらに昆虫の羽に学んで、さまざまな外形に対応できるような設計論を確立したいと考えています。
国際宇宙ステーション(ISS)には15カ国が参加していますが、全体の大きさはサッカー競技場とほぼ同じで、重さは約420トン。日本の実験棟「きぼう」をはじめ、建設に必要なすべての部材はスペースシャトルとロシアのプロトンロケットで運ばれていますが、そのフライトは1998年の開始から完成までに何と40回以上。いかにコンパクトにして宇宙空間にものを運び、できるだけ短時間で組立てることができるか。宇宙開発における非常に重要な課題を解決するために、インフレータブル構造の研究が活発に行われているのです。 Views: 29