第45回  枯草菌に学ぶべん毛モーター

エネルギーを使い分けるハイブリッド・モーター

F1エンジン並の速さでべん毛を回転させ、自在に動く細菌類。 独自のメカニズムで2種類のエネルギーを活用し、 環境の変化に適応するすべを身に着けてきた 枯草菌に学ぶ、ハイブリッド・モーターとは?
枯草菌とべん毛

枯草菌とべん毛

 枯草菌の体長は2μm、べん毛の長さは6?8μm。上段は、枯草菌の電子顕微鏡写真。下段は、蛍光タンパク質との融合により細胞内での固定子の局在を可視化したもの。強く光っている点は、モーターの中に組み込まれた蛍光タンパク質の位置を示す。緑が水素イオン型、赤がナトリウムイオン型。光るドットの数とべん毛の本数がほぼ一致していることが、観察からわかってきた。

細菌のべん毛モーターは、膜の外側から内側へ取り込まれるイオンの流れをエネルギー源として駆動し、1秒間に数千回という驚異的なスピードで回転するものもあると言います。大腸菌やサルモネラ菌など、多くの細菌は水素イオンを利用していますが、高アルカリ性環境では水素イオン濃度が低くなるため、そうした環境で生育する細菌や海洋性細菌の中には、駆動力として、水素イオンの代わりにナトリウムイオンを使うものもいます。

数年前、ナトリウムイオン駆動に関わるタンパク質が同定され、相同なタンパク質をもつ枯草菌のべん毛モーターに熱い注目が集まっています。枯草菌のべん毛モーターはこれまで、水素イオン駆動型だと言われてきました。しかし、最近の研究によって、水素イオンとナトリウムイオンの両方を巧妙に利用していることがわかってきたのです。

べん毛モーターの駆動部は、固定子(ステータ)と回転子(ローター)で構成されており、回転子の周りに8個~最大16個の固定子が埋め込まれています。大腸菌などには通常、1種類の固定子しか存在しませんが、枯草菌の場合は2種類の固定子がモーター中に混在しており、水素イオンとナトリウムイオンを使い分けるハイブリッド・モーターになっていることが、世界で初めて明らかにされました。

詳細なメカニズムの解明はこれからですが、これまでの研究で、水素型の固定子とナトリウム型の固定子の数が環境に応じて変化することが確認されており、環境の変化に適応し、エネルギーを選択して動く人工モーターが、いつの日か実現するかもしれません。また、単独で比べるとナトリウム型は水素型よりもスピードが遅くモーター性能としてはやや劣ることもわかっていますが、2種類を組み合わせることで、必要に応じてモーターの回転数を自在に制御することも考えられます。単独では動けない状況下でも、異なるエネルギーを利用して効率よく動くハイブリッド・モーターは、輸送から生産現場、医療分野まで、さまざまな応用が期待できるのではないでしょうか。

 

伊藤政博 准教授
東洋大学 生命科学部生命科学科

伊藤政博 准教授

 夢は人工べん毛モーターをつくりだすこと

ん毛モーターは30年以上前に発見され、世界中で研究されています。その構造が少しずつ明らかにされてきましたが、実際にどうやって回っているのか、その詳細な仕組みはまだわかっていません。まずはそこを解明するのが、この研究の大きな目的です。そして、最終的には人工べん毛モーターをつくりたいと考えています。 枯草菌は1本のべん毛モーター中に水素型とナトリウム型の固定子が混ざって配置されているのですが、中性環境下では水素型が多くなり、アルカリ側ではナトリウム型が増えるというぐあいに、その数が変化することもわかりました。それは、土壌細菌である枯草菌が土壌環境の変化に適応して生き残るために身に着けた戦略だと考えられるのです。自動車でもハイブリッド・エンジンがもてはやされるようになっていますが、細菌という単純な生物がはるか昔からこのような素晴らしいモーターをつくり、利用していることに驚かされますね。べん毛という生物のナノモーターからは、まだまだ学べることがたくさんあるように思います。

 

トピックス

 初めて、バクテリアのべん毛モーターが発見されたのは1974年、アメリカでのことです。以来、さまざまな研究が行われるなかで、その不思議な構造や仕組みが少しずつ明らかにされてきたのです。たとえば、べん毛繊維がゆるやかならせん構造であり、直進するときには束になって高速回転し、体長の20倍もの距離を移動します。そして、べん毛モーターの急反転により、繊維のらせん構造の巻く方向が変化し、束になっていたべん毛がほぐれることで方向転換します。このようなべん毛モーターの動きは、高精度なセンサータンパク質が環境の悪化を察知して情報を伝えてコントロールし、直進と反転を数秒単位でくり返すことで、暮らしやすい環境へと移動しているのです。バクテリアが、いかに高性能なナノマシンであるかおわかりでしょう。

 

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