第31回 植物に学ぶゴムの生合成
培養細胞を利用した天然ゴム生産システム
自動車用タイヤには、パラゴムノキから採れる天然ゴムと石油由来の合成ゴムが使われていますが、原料ゴム成分の半分以上は、天然ゴムが占めています。合成ゴムよりも、天然ゴムのほうが耐摩耗性と弾性に優れているため、路面をつかむ(グリップ)力が高い合成ゴムと合わせることで、タイヤ性能の向上と安定化を図ることができるのです。そして、飛行機用タイヤとなると、天然ゴムを使う比率はさらに多くなるといいます。
天然ゴムの基本構造は、イソプレン単位と呼ばれる炭素数5個の分子が、数千個以上も鎖状に連なったものです。その構造を単純に真似た合成ゴムも開発されていますが、天然ゴムと同様の性質をもたせるには至っていません。その理由は、天然ゴムの詳細な分子構造がまだ明らかにされておらず、植物による生合成のプロセス自体に秘密があると考えられるのです。そこで、生合成の経路を解明し、それを応用した生産システムを形にしようという研究が開始されました。
すでに、ゴムの木が天然ゴムを生合成する際に、十数種類の酵素が関与していることが明らかにされています。試験管レベルですが、これらの酵素を使って天然ゴムと同等の10万以上という分子量の合成にも成功しました。現在は、ゴムの木の細胞を培養して必要な酵素の遺伝子を導入する方法や、ゴムの木自体やゴムを分泌する植物に酵素遺伝子を増強し、植物の力を借りながら天然ゴムを大量生産するための研究などが行われています。
ゴムの木は大量の二酸化炭素を使い、わずかなエネルギーで、天然ゴムをつくりだしています。1本1本の木が、有害な物質を機能性材料に変換する小さな工場だと言えるのです。自然のプロセスを活かした天然ゴムの生産システムが実現すれば、省エネルギーにも、温暖化対策にも、大きく貢献することでしょう。
高橋征司 助手
東北大学大学院 工学研究科
天然ゴム生合成系の全解明を目指して
私が大学で生物学を志したのは、生物の仕組みを知って、環境を良くすることに役立てたいと考えたからです。最近は、植物二次代謝産物にさまざまな生理活性があることがわかり、この分野の研究が活発化しています。
天然ゴムの研究もいろいろ行われていますが、未解明なことがまだ多くあります。私たちは、酵素を同定するために、パラゴムノキのラテックスから採取した約5000個の遺伝子を、かずさDNA研究所と共同で解析しました。
これからも、いろいろなグループとネットワークをつくり、情報交換をしながら研究を進め、石油資源をなるべく使わない工業ゴムの生産システムにつなげられたらと思っています。
2005年の天然ゴムの生産量は世界で約868万トン。そのうちのおよそ70%が自動車用タイヤ・チューブに利用されています。パラゴムノキの原産はブラジルで、もともとは野生のゴムの木から採取していました。19世紀後半、イギリスがゴムの木の苗木を移植して育てるゴム農園を東南アジアの各地につくり、現在、タイ、インドネシア、マレーシアが一大産地となっています。ラテックスは、ゴムの木を傷つけて樹液を集めますが、採取できるようになるのは植えてから6~7年後、採取できる期間は20年あまりだといいます。 天然ゴムの消費量は増え続けており、2004年までの20年間で約2倍。その背景には、中国の経済発展とそれに伴う自動車生産台数の急激な増加があります。 昨年、日本のタイヤメーカーが、石油資源以外の天然原料の比率を従来の44%から70%まで高めたエコタイヤを開発し、販売を開始しました。天然ゴムの比率を増やすと同時に、植物繊維や植物油を利用。合成ゴムに比べてグリップ力が弱いという弱点を独自技術で克服したこのタイヤは、燃費が良く、二酸化炭素の排出量を従来比で30%程度削減できるそうです。 石油価格の高騰やその埋蔵量に限りがあるという危惧、環境問題などからも改めて天然ゴムを見直す機運が高まっているのです。 Views: 174