第28回 水の構造に学ぶ高分子材料
水への優しさが教える生体適合性
人の身体は、体積の7割以上を水が占めています。細胞の一つひとつが水で満たされ、酸素や栄養 素および老廃物の運搬という物質の交換や代謝などの生命現象に、水は大きな役割を果たしているのです。この水と生体物質との関係に着目し、人工血管や人工 心肺などに用いられる生体適合材料を評価して、新たな材料開発に活かそうとする研究があります。
酸素原子が1つと水素原子2つが結合してできる水分子。酸素はわずかにマイナス、水素はわずかにプラスの電荷を帯びており、ゆるやかに引き合う水素結合に よって、水分子は三次元のネットワーク構造を形成しています。水素結合は、わずかな熱運動で壊れてしまいますが、通常、すぐに新しい結びつきができて、水 の構造が保たれているのです。
体内に人工血管や人工心臓、人工心肺などを埋め込む医療では、血小板が材料に付着して血栓ができたり、タンパク質の変性が起こって生命を脅かす事態を引き 起こすこともあります。これは、材料表面の形状なども関係してはいますが、要因の一つとして、生体分子と人工材料との間で水分子の奪い合いが起こり、水の 構造が壊されるためと考えられています。すでに、生体適合性が認知されている材料について調べたところ、水に溶けるものとまったく溶けないものという、 まったく物性が異なるにも関わらず、それらの物質に水の構造を乱さない、すなわち“水に優しい”という共通項があることが確認されました。
この水に優しい物質をまねて、より生体適合性を高めた新しい材料の開発も始まっています。およそ35億年前、“原始地球の海”の中でアミノ酸がつくられ、 生命体は誕生したと言われています。生命の源である水と物質の相互作用の解明は、医療をはじめとする多くの分野で活かされ、優れた材料開発へ結実して行く に違いありません。
源明誠(げんめい まこと) 助手
富山大学大学院 理工学研究部
水の構造から見た分子設計を材料開発に活かす
親水性の表面と、疎水性の表面によって、その界面の水の構造は具体的にどう違うのかというと、実は、明確に言い切ることはできません。はっきりしているのは、水が拘束されているかどうか、水の動き易さが重要な決め手だということです。
従来、高分子に含まれる水の状態が材料によってどう違い、どのような特性を与えているかを研究してきました。現在は、水の構造を通して、生体適合材料を設計するという研究に力を入れています。
水の構造を乱さないという点を一つの判断材料として分子設計を行い、検証することで、新しい材料開発に貢献できると考えて研究を推進しているのです。
人の身体を水が支えているように、自然環境においても、暮らしや産業においても、水は欠くことのできないものです。ところが、いま、世界では30カ国以上が深刻な水不足に悩まされ、水質汚染などに起因する病気で年間100万人以上の子どもたちがなくなっていると言います。そして、発展途上国で人口が増えつづければ、その問題はさらに深刻化すると言われているのです。 生物を育み、産業を育て、私たちの社会と暮らしを支える“きれいな水”をいかに確保するか。それは、いま、世界規模の課題となっており、生体および環境との適合性が高い機能性材料の開発は、医療分野だけでなく、工業材料として、さらには環境修復技術や新しいエネルギー生産などへの応用が大きく期待されています。 「水に優しい」という言葉は、21世紀に求められる課題解決のために、製品開発や技術開発の現場でも、私たちの暮らしや社会環境の中でも、重要なキーワードだと言えるのではないでしょうか。 Views: 50