第19回 複合微生物系に学ぶバイオマス活用
微生物力を結集する水素製造機
水素と酸素を反応させて発電する燃料電池は、地球温暖化ガスである二酸化炭素などの有害ガスを排出しない、環境に優しい次世代型エネルギー源として期待され、燃料電池自動車や自家発電用の燃料電池などの実用化が進められています。ところが必要となる水素は、天然ガスや石油からの改質、水の電気分解などによって生産されており、そこには、これまでと変わらぬ化石燃料への依存、水素を取り出すために電気を使うという矛盾が存在しているのです。
そこで注目されたのは、木や生ゴミなどのバイオマスから、直接、水素を取り出す方法です。たとえば、家庭用生ゴミ処理機は、微生物の力をかりて生ゴミを水と二酸化炭素に分解します。さらにさまざまな微生物力を結集させることで、この生ゴミ処理機を水素製造機に変身させようという試みがあります。
これまでもブドウ糖やメタノールから水素を発生させる細菌を、単体あるいは混合で利用する研究などが行われていますが、効率を上げるのは容易ではありません。さらに家庭用の生ゴミは、日々その内容が変わるため、雑多なものを分解する必要があります。自然界では、多様な種類の微生物が、環境に応じた“複合微生物系”と呼ばれる共同体を構成し、さまざまな役割を果たして生態系の維持を担っています。たとえば一握りの土の中には、タンパク質の分解が得意な微生物、でんぷんのみを分解する微生物、さらに分解された物質から水素を発生させる微生物といった具合に、固有の能力をもった微生物が何千種類も存在しています。生ゴミから水素を回収するために、そうした“共同体そのもの”の力を借りようというのです。
最適な共同体を特定し、その協働のメカニズムを知ることができれば、生ゴミをリサイクルしながら、家庭用燃料電池で自家発電する暮らしが実現するかもしれません。そして、そのシステムを応用すれば、バイオマスの種類によって、たとえばバイオプラスチックなど、いろいろな有用物質をつくることが可能になると期待されています。
大槻 隆司 助手
山梨大学大学院医学工学総合研究部
昆虫博士になるのが夢だった私が微生物に興味をもったのは、革命的な発明と言われる人工化合物“ナイロン”を分解してしまう細菌がいると知ったことでし た。自然界に存在する微生物群は、料理の鉄人の集団と言えるかもしれません。それぞれの技能でさまざまな素材を料理しているのです。これまでの生物学で は、その中からある特定の技能をもつ鉄人(菌)を探してきて増やし、活躍してもらうという応用研究が主流でした。しかしそれでは、まったく新しい素材を処 理しなければならないときに対応できなくなります。もし、得意分野の違う微生物たちが共存しつつ、それぞれの技能を発揮できる環境でものづくりをすれば、 そうした問題はなくなるでしょう。
自然に近い複合微生物系内で、さまざまな微生物が発揮する知られざる機能や未知の生産物を明らかにし、われわれの生活に役立てることができないか、日々奮闘しているところです。
燃料電池の歴史は意外に古く、その基本原理は200年以上も前にイギリスで発見され、1839年には世界ではじめての燃料電池による発電に成功したと言われています。1960年代になって、アメリカNASAが宇宙船の電源として燃料電池を開発し、ジェミニ、アポロに搭載して打ち上げたのをキッカケに、さまざまな分野で実用化研究が活発化しました。電気と水と熱しか発生しないクリーンエネルギーであり、しかも原料となる水素を供給し続ければ半永久的に発電できるというメリットが注目されたわけです。 現在では、実験的な燃料電池自動車の導入、業務用プラントの設置も少しずつ進んでおり、昨年は家庭用燃料電池も市場投入されました。しかし、広く一般に普及させるためには、大量の水素を製造して安定的に供給しなければなりません。いかにエネルギー負荷をかけずに効率よく水素をつくるか。バイオマスを原料に微生物の力を借りて発電する、微生物燃料電池の研究がいま、世界でさまざまに進められているのです。 Views: 42