第152回 生体のテンセグリティ系に学ぶ構造物の設計
圧縮材と引張材でつくる超軽量構造物
テンセグリティは、骨格となる圧縮材(パイプ)を引張材(ワイヤ)でつなげた構造物で、非常に軽量でありながら丈夫だという特徴があります。圧縮材同士が接していないという構造から、近年、動物の骨格と筋肉の関係がテンセグリティであるという研究(バイオテンセグリティ)が発表されて注目されています。たとえば関節は、軟骨を挟んで骨格が接することなくつながっており、そのまわりに筋肉がついているために、自由に曲げ伸ばしができるのです。この生体のメカニズムに着目し、動く建築物をつくろうという研究が行われています。
モニュメントなどの芸術作品に多く用いられてきましたが、部材を極限まで減らして構造を維持するために設計や制作が難しいというのが課題でした。そこで、3本の圧縮材を引張材でつないだ三角形型の小ユニットをつくり、それを面的につなげていくことで、大規模な構造物をつくるという手法が開発されたのです。独自のソフトを利用したコンピュータ・シュミレーションにより、設計から制作までのワークフローを構築し、実際に大規模な曲面屋根をつくる実証実験も行われました。
現在、引張材にモーターとコントローラをつけて長さを変化させることで、生体のように柔軟に構造物を変形させる研究が進められています。独自の解析ツールで形状変化をシミュレーションし、模型を制作。予測通りに、構造物が変形することも実証されました。今後は、さまざまな素材に関する研究や、最適なユニットの設計などを行い、構造強度や物理性質などを評価・検証して行く予定です。
たとえば、膜と組み合わせるなど、デザインの可能性は多様にあります。思いのままに動的に膨らんだり、しぼんだりするようなユニークな建築物を実現しようとしているのです。
平沢岳人 教授
千葉大学 大学院工学研究科
制作が難しいものに挑戦するのが楽しい
私たちの研究室では、もともとロボット加工機の開発をメインに行っています。たとえば、宮大工の技術をロボットに移して、伝統的な建築物である五重の棟をつくらせることに成功しています。構造のすべてをモデリングすることで可能にしたのですが、それはテンセグリティの設計にも共通することです。NASAでは、引張材の長さを変えることで、転がりながら移動する可動テンセグリティの探査ロボットの研究を行っているそうです。 テンセグリティの研究は私にとっては、息抜きでもあり、ライフワークでもあります。構造が完成する一歩手前で壊れてしまうこともよくあり、難しい点が多くありますが、難しいことだからこそやり続ける甲斐があります。それらしい絵はいくらでもかけますが、重要なのは、実際にものをつくって検証することです。いつの日か、柔軟に動く建築物をつくりたいと考えています。
テンセグリティは、構造が破綻しない限界のところまで部材を減らしてつくる、省資源な構造物と言えます。デザイン的には、引張材が細ければ構造体が空中に浮かんでいるような印象や、全体の形状を把握しにくい不思議な感覚を与えることができます。自由な発想で思い描いた構造体をつくることは大変に興味深いことだと言えます。完成すれば安定した構造物となりますが、一般の建造物のように圧縮材(骨格)が接していないため、完成の1歩手前で破綻してしまうこともあると言います。そのために、芸術作品や玩具などに利用されてきたものの、建築という分野での応用は発展してきませんでした。しかし、省資源、軽量、可変、デザインの多様性という視点から、たとえば期間限定のイベントなどにおける施設に導入する意味は大きいのではないでしょうか。 Views: 472