第15回 糖鎖に学ぶバイオマテリアル創製
細胞の天敵を見つける糖鎖センサー
糖というと一般に甘みを連想しますが、私たちの身近なところには、さまざまな種類の糖が存在しています。例えば、固いカニの甲羅はキチンという多糖体が主成分です。また、プルプルとした感触の寒天は、ガラクトースを骨格とする多糖がゲル状になっているために軟らかいのです。
複数の単糖が鎖のようにつながった、糖鎖と呼ばれる生体物質があります。これは、核酸(DNA)、タンパク質に次ぐ「第三の生命鎖」とも言われ、約60兆個ある人の細胞のすべての表面がたくさんの種類の糖鎖に覆われています。そしてこの糖鎖は、細胞の発生・分化、老化、ガン化、免疫などのさまざまな生命現象を司り、私たちの健康に深く関わっているのです。
糖鎖の役割の1つが、アンテナとしての機能です。このアンテナから出るシグナルは、細胞同士の連絡に使われますが、一方で、病原体を引き寄せるという特性もあります。インフルエンザウイルスや大腸菌O157がつくり出すベロ毒素、アルツハイマーの変性タンパク質、ガン細胞といった病原体は、自分にとって親和性のあるアンテナを認識し、そこに集まります。例えば、インフルエンザウイルスはノイラミン酸という糖鎖にくっつき、ウイルスを感染させます。また、ベロ毒素はGb3と呼ばれる糖脂質と強く結びつくこともわかっています。
こういった糖鎖の特性を活かし、現在、医療分野においてさまざまな研究開発が活発化しています。
Gb3の糖鎖部分をとってきて、重さを感知する電極装置につなげると、ベロ毒素を検出する糖鎖センサーができます。これによって、病院などで数時間かかって行われていた検査時間を、数十分程度と大幅に短くすることが可能になりました。金のコロイド(金のナノ粒子を散らした水溶液)を利用して、病原体タンパク質であるリシンを検出する技術の開発にも成功しています。また、アルツハイマーの変性タンパク質と結合する糖鎖を用い、認知(痴呆)症を検出するセンサーの開発も進んでおり、人工皮膚の材料をつくるなど、私たちに身近な天然資源である糖から、多様な生体材料が生まれようとしています。さらに、病原菌が糖鎖を通じて感染する過程を逆利用すれば、薬剤を目的とする細胞へ到達させることも可能になるかもしれません。糖鎖の研究には、計り知れない可能性が秘められているのです。
三浦 佳子 助教授
北陸先端科学技術大学院大学 材料科学研究科
環境を汚さない、人に役立つものづくりを心掛けて
私は糖鎖の機能と共に、糖が天然資源であることに着目しています。そのため、「あまり複雑にならない過程で、高機能なものをつくる」ということを心掛けて います。従来行われてきた糖鎖の化学合成は、複雑で環境負荷が高くなりがちです。そこで酵素を用いて、より簡単で穏和な反応プロセスの研究を行い、成功し ました。現在は、糖鎖とタンパク質の相互作用を調べるための糖鎖チップや、オリゴ糖やオリゴペプチドなどの生体ユニットを高分子合成によって再構成し、医 薬、環境応答性材料の開発を進めています。
糖という非常に面白いものを、いかに高機能に、社会に役立つものに変えていくのか。糖の機能や性質に、高分子、酵素工学、ナノテクノロジーといった、異なる分野の最先端の力を融合させ、優れたものづくりを進めていきたいと考えています。
ヒトの糖鎖を構成する単糖は、グルコース(ブドウ糖)、ガラクトースをはじめとする8種類。それらが、さまざまな数と形で繋がれるため、たくさんの種類の糖鎖が生まれ、それぞれの役割を果たすわけです。 いまから100年以上も前に、オーストリアのK.ラントシュタイナー博士が発見したABO式といわれる人の血液型も、糖鎖によって決定されています。糖鎖の並び方や構造によって、A型、B型、O型の糖鎖が特定されており、基本はO型。この基本構造にA型抗原がくっついたものがA型、B型抗原がくっついた場合がB型で、AB型はその両方をもつ糖鎖ということになります。また、心臓などの外科手術後に血栓ができないように、血液凝固を抑える薬剤として古くから使われているヘパリンも糖鎖なのです。第三の生命鎖といわれる由縁を、ここにも垣間見ることができます。 Views: 82