第142回  メロンの網目形成に学ぶ高性能皮膜の開発

自己修復する透明はっ水皮膜

マスクメロンの編目と自己修復する防さび型はっ水性皮膜

マスクメロンの編目と自己修復する防さび型はっ水性皮膜

 マスクメロンの網目構造(写真上段)は、成長を続ける果肉が果皮を破ってできたひび割れを特殊な分泌液で覆う自己修復によりできる。そのメカニズムを応用して開発した、自己修復する防さび型はっ水性皮膜でコーティングした銅の基板(写真右下段)を、表面に傷をつけ、塩水に24時間漬けた実験では、腐食が進みにくくなることが確認された。左下段の図は、層状の薄膜構造の模式図で、内部の緑色の分子が防さび剤。

物質の寿命を延ばし、メンテナンスを容易にする 透明はっ水皮膜による表面コーティング。 自己修復機能を導入して耐久性を高める メロンの網目形成に学ぶ高性能皮膜の開発とは?

生物は、体表面にさまざまな工夫を凝らすことで環境に適応し、生き延びています。そうした微細構造や表面機能に倣うバイオミメティクス研究が活発化し、防水や防汚を目的とする超はっ水皮膜などが開発されてきました。ところが実用化に向けては、摩擦や摩耗に対応して機能の劣化を防ぐことが大きな課題になっています。たとえば金属にコーティングしても、表面に傷ができるとそこからさびが浮いてきてしまうのです。その解決策として着目したのが、生物が表面の傷や損傷を自己修復する技術です。

表面を覆った網目模様が美しいマスクメロン。実は、あの網目模様は果肉が果皮を破ってできたひび割れを、コルクの原料のような修復用の液体が分泌されてカサブタのように覆い、その繰り返しによって生まれるものなのです。物質表面が傷ついたときに、防さび剤や不凍液、付着防止剤などの目的に応じた修復分子が自動的に傷を覆い隠すメカニズムを組み入れることで、耐久性に優れた皮膜ができるのではないかと考えたのです。

これまでの研究により、層状構造(数ナノメートルの周期構造)を有する透明皮膜の層間に防さび剤を導入した、透明なはっ水皮膜の開発に成功しています。この皮膜を銅基板に700ナノメートル程度の厚みでコーティングし、表面に傷をつけて塩水に24時間漬ける実験を行ったところ、腐食が進みにくくなることが確認されています。また、表面のはっ水性が劣化した場合は、粘着テープで上の層を剥がすことで優れたはっ水性表面を再び得ることが可能となりました。液体を塗布・風乾して皮膜を形成するため、エネルギー消費も少なく、大面積のコーティングも容易です。

素材表面を保護すると同時に防さびや防汚性など多機能性を発揮するコーティング材料は、さまざまな分野での実用化が期待されています。そして、太陽光発電パネルや信号機などへの応用に向けて、必要に応じて不凍液などを自己放出する機能を有する高性能皮膜の研究が、現在も展開されているのです。

 

穂積 篤 研究グループ長 産業技術総合研究所 構造材料研究部門

浦田千尋 主任研究員 産業技術総合研究所 構造材料研究部門

高梨琢磨 主任研究員

 “目からウロコ”の表面改質材料を生み出す

私たちのグループでは、表面改質をテーマに、主として透明な超はっ水/はつ油皮膜の研究を行っています。これまでのはっ水/はつ油材料は主としてフッ素系の素材が利用されてきましたが、これらの中には環境負荷が大きいものもあることから使用禁止の措置がとられるようになっています。そこで、環境負荷の少ない安価な材料を使い、シンプルな方法で最大限に機能を発揮する“目からウロコ”の材料を世の中に出していきたいと考えて研究を行っています。現在は、ナメクジの分泌に倣った機能性液体を自己放出する研究なども進めています。 研究所としての使命は、基礎研究をしっかりやりながら、産業界に展開できそうなものを優先的に技術移転していくことです。そこで、研究においては再現性を最も大切にしています。技術移転したときに、レシピ通りにやれば同じ物ができることが、実用化の重要な要素だと考えています。

 

トピックス

 表面処理技術の分野では、現在、生物の優れた機能に学んださまざまな研究開発が行われています。たとえば、梅雨の時期に見かけるカタツムリの殻は、雨が降っていないときでも常に水をまとっていて、汚れを寄せつけません。その秘密は水に濡れやすい殻の材質と表面の微細構造にあります。それらを模倣した技術は、汚れが付着しにくく、洗浄しやすい外装タイルなどの開発に役立てられています。また、ナメクジに着目した研究もあります。ナメクジは土の中で生活していますが、体の表面には土がつきません。そのメカニズムを研究して、汚れがつきにくい樹脂素材の開発が進められているのです。そして、自然に学ぶ研究では表面処理以外にもさまざまな研究が行われていますが、生物と同様に、安価で環境負荷が低く、地球上にふんだんに存在する汎用元素を利用すること、高温・高圧を利用しない温和な生産プロセスを利用することなどが、重要なテーマとなっているのです。

 

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