第141回 化石ウイルスに学ぶウイルス病抵抗性育種
イネゲノムに存在するウイルスDNAの秘密を探る
作物に発症する病害はさまざまな種類のものがありますが、現在、東南アジアやインドで流行して問題となっている1つが、イネのツングロ病です。これはタイワンツマグロヨコバイという昆虫が媒介するウイルス性の病気で、葉が黄色くなり、成長も止まってしまい、収穫量が3割程度落ちると言われています。このツングロ病ウイルス(RTBV:Rice Tungro Bacilliform Virus)と非常によく似たDNA配列の断片が、アジア系のイネのゲノムの中に多数存在することが発見され、病気抵抗性との関わりが注目されています。
ジャポニカ種、インディカ種ほか、世界のさまざまな品種のイネを調べたところ、アジアのイネには、RTBVによく似た配列のコピーが100程度存在するのに対して、アフリカ原産のイネ(グラベリマ)にはほとんど存在しないことがわかりました。アジアのイネはツングロ病に罹(かか)っても生育不全になるだけですが、アフリカのイネにツングロ病を感染させると3?4週間で枯死してしまうという結果も明らかになりました。
イネゲノムの中に残る“化石ウイルス”ともいうべき断片は、過去にウイルスに感染したことを示すものであり、100種類の“化石ウイルス”を詳細に調べた結果、6つのタイプが存在することもわかりました。最も古い断片はおよそ16万年前と想定され、その後ウイルス遺伝子の組み換えが4回か5回行われて、それぞれのタイプのウイルスができたと考えられるのです。植物に感染したウイルスは、酵素を利用して頻繁に組み換えを行いますが、それがウイルスの生き残り戦略なのです。
切れ切れで機能をもたない“化石ウイルス”は、免疫のような働きをしているとも考えられていますが、まだまだ不明です。そこで現在、“化石ウイルス”とツングロ病耐性の関連を解明する研究が進められています。いまの日本にはツングロ病は存在しませんが、温暖化が進めば、ウイルスを媒介するタイワンツマグロヨコバイが飛来して来ないとは言えず、耐性種の育種に期待が寄せられているのです。
貴島祐治教授
北海道大学大学院 農学研究院
地に足のついた研究でイネの品種改良に取り組む
私が所属する植物育種学研究室は、2015年、設立100周年を迎えました。北海道では開拓時代、酪農、ジャガイモやコムギを大規模栽培する農業が振興されてきました。一方で、日本人の主食として欠かせないお米は昔は栽培することができませんでした。そこで、先輩たちは地道な研究を重ね、寒さに強いイネの品種改良に挑んできました。その結果、近年では、おいしいと言われるお米がとれるようになっています。しかしいまなお、北海道での育種の大きなテーマは突発的にやってくる冷害対策です。現在研究室では、冷害に強いイネの研究と並行して、東南アジアやインドなど暑い地域で発症するイネの病気ツングロ病に強い耐性を持つイネをつくる研究を行っています。先進的な考え方を尊重しつつ、地に足のついた研究を進め、化石ウイルスの謎を明らかにしたいと思っています。
イネの病害は、いもち病、イネ黄萎病、イネ黒すじ萎縮病、縞葉枯病などさまざまな種類があります。そして、ウンカやカメムシといった昆虫の仲間がウイルスを媒介して発症する病気は少なくありません。そうした病害虫は、日本に生息している種もありますが、たとえばセジロウンカ、トビイロウンカなど、梅雨前線の気流に乗ってアジア大陸から飛翔してくる虫たちもいるのです。いまのところは熱帯地方でのみ猛威を振るっているツングロ病ですが、温暖化の進展と共にタイワンツマグロヨコバイが飛翔してくる危惧は大きくなっていると言われています。ツングロ病耐性イネの研究では、ウイルスの断片をイネゲノムに導入する実験も行われていますが、あまり良い結果は出ていないと言います。“化石ウイルス”の秘密を解明し、品種改良に役立てるための研究がさまざまに行われているのです。 Views: 57