第136回 昆虫腸内共生菌に学ぶ接着機構の解明
環境に適応した独自の構造で生き残りを図る“腸内外両生菌”
現在、世界から約10万種の菌類が知られていますが、実際に自然界には150万種以上の未知の菌類が存在すると言われています。近年、昆虫等節足動物の消化管内で一生を暮らす腸内生菌とは異なる、“腸内外両生菌”と称すべき新種がいくつも発見されています。そして、これらの菌が腸内に留まるメカニズムを解明するというユニークな研究が行われているのです。
洞窟などの暗い所に多く見られるバッタ目のカマドウマ科昆虫から発見されたカビは、2通りの胞子(ⅠとⅡ)をつくります。胞子Ⅰがカマドウマに飲み込まれると、前腸にある前胃と呼ばれる部分に付着して発芽し、“腸内胞子”と称すべき胞子Ⅱを形成します。そして、ちぎれて脱落した胞子が糞と共に排出されると地上で再び発芽して菌糸を伸ばし、胞子柄を生じて“腸内胞子”とは異なる形の胞子Ⅰを形成するという、腸内外の2相の生活様式を巧みに使い分けて繁殖していることが明らかになりました。
節足動物の前胃は、ニワトリの砂肝のような期間です。内側には襞が発達し、その表面には剛毛がびっしりと生えています。このカビの胞子Ⅰは一方の先端が6角柱をなし、各面には9個の爪状のウロコがあります。ウロコには、10本程度の細かい溝が刻まれており、この溝に前胃の剛毛が挟まることで胞子Ⅰはしっかりと付着しているのです。生体観察と培養実験の結果、胞子の発芽には嫌気状態にさらされる必要があり、これらの形態的・生理的特性は、このカビがカマドウマの腸内で生き延びるための巧みな工夫であることがわかりました。
コオロギやハサミムシからも、“腸内外両生菌”が見つかっています。その1種の胞子Ⅰには、繊維が密集した吸盤状の構造が認められ、これは前胃のそ?(のう)という表面が平滑な器官に付着するために接着面積を広くする工夫だと解釈できます。それぞれに独自の接着技術を開発して多様化してきたと考えられる“腸内外両生菌”。その中には、たとえば、有用な菌などを人間の腸内に留まらせるような研究のシーズが潜んでいるのではないでしょうか。
出川洋介 助教
筑波大学 菅平高原実験センター
生物進化における菌類の役割を探る
私は、カビやキノコなどの菌類を主な対象とする系統分類学を専門としています。自然界には、未だ名前も与えられていない数多くの菌類が潜んでいます。それらのうち1つでも多くの種の形態や生態を明らかにし、その生き様を丁寧に紐解いていくことは大きな喜びです。昔は菌類は原始的な植物の仲間だと考えられていましたが、次第に植物とも動物とも異なる第3の生物群だと言われるようになりました。そして現在では、DNAによる系統解析の結果や細胞学的事実により、菌類は動物と近縁な生物だと判明しました。 植物や動物と同様、菌類も水中で生まれて次第に陸上に進出してきましたが、動植物の陸上進出の際に、実は菌類が重要な役割を果たしたのではないかという仮説もあります。動物と分かれていかにして菌類が誕生し、他生物と共に陸上への道を歩んできたのか、理解を深めていけたらと考えています。
これまでの研究で、“腸内外両生菌”と称すべきカビが、カマドウマ科から3種、コオロギ科から3種、ハサミムシ科から2種発見されており、そのうちの7種が未記載種(新種)です。それぞれの胞子は、少しずつ異なるものの似たような修飾構造を有し、前胃に付着するためのメカニズムを備えているそうです。 菌類を研究する際、菌類だけを見ていたのでは何もわからないといいます。たとえば、今回の菌の姿かたちや生き様について、昆虫とそれらのプロセスを丹念に紐解いていく過程で、兄弟というべき菌類と動物とがどこで分化したのか、それぞれが共にどうして繁栄することができたのか、その謎が解き明かされる日が来るかもしれません。 Views: 62