第135回 タンパク質の凝集に学ぶ高機能高分子の開発
タンパク質の凝集を抑え活性を維持
生命活動に有用なさまざまな機能をもつタンパク質は、加工食品や医薬品などに利用されていますが、熱に弱いという弱点があります。アミノ酸が連なったペプチド鎖が折り畳まれて立体構造をとることでタンパク質の機能は生まれますが、高温にするとその構造が壊れてしまうのです。
常温でのタンパク質分子は外側が親水性、内側が疎水性となっており、水に溶けます。しかし、加熱すると構造が壊れ、外側に出てきた疎水性部分が引き合って分子が固まり(凝集)、白濁してしまうのです。そこで、同じように常温で親水性、加熱すると疎水性を示す高分子を混ぜることで高分子とタンパク質分子が引き合い、タンパク質同士の凝集を抑制しようという研究が行われています。
そうした高分子の1つにポリエチレングリコール(PEG)があります。PEGは毒性が少なく、免疫原性が低いことから、食品添加物やタンパク質薬品の安定剤として利用されています。しかし、その疎水化温度(脱水和温度)は約100℃で、タンパク質構造が壊れる温度と大きな差があるため、そのまま使っても凝集を抑制する効果はほとんどありません。着目したのは、鎖状分子であるPEGの構造化により疎水化温度を下げることでした。さまざまな構造化の結果、三角形状PEGで約60℃を達成し、添加したタンパク質水溶液を90℃まで加熱しても白濁しないことが確認されたのです。冷却後の検査で、タンパク質の活性が8割程度残っていることも実証されました。
また、PEGにベンゼン環を付与することで疎水性を増加させる研究では、疎水化温度を約50℃まで下げられることがわかりました。さらに、その分子の構造化なども進められ、好結果が得られています。シンプルで高い安定性を示す人工高分子は、今後のタンパク質製剤への応用などが期待されています。
村岡貴博 助教
東京工業大学大学院 生命理工学研究科
タンパク質を置き換える人工分子をつくる
私の専門は有機化学ですが、タンパク質はとても魅力的な分子です。有機化学では有機溶媒に溶けるものをつくる研究が中心で、有機溶媒中で分子を扱う知見は非常に多くあり、ノウハウがあります。一方、タンパク質は水の中で扱うため、合成にしても分析・評価にしても、非常に難しくなりますね。水の中で有機化学を実践する研究はまだ成熟していないので、化学の良さを活かしていかにしてタンパク質を真似た分子をつくるか、そこに切り込んで挑戦しているところです。 たとえば人工心臓は、人間の臓器の一部を完全に人工的なもので置き換えているわかりやすい例です。それと同じことを分子でやりたいと考えて、研究しています。タンパク質を置き換える人工的な分子をつくることができれば、特定のタンパク質がうまく機能しないという先天的な病気を根本から治療することにもつながるはず、という思いもあります。
タンパク質からつくられる治療薬は、生体内で特化した機能を持つタンパク質を探査し、人工的に大量生産したものです。糖尿病用のインスリン、貧血用のエリスロポエチン、ウイルス性肝炎用のインターフェロンなどは知っている人も多いのではないでしょうか。例えばインスリンの場合、気温が37℃くらいまで上がると急激に変性(凝集して機能が失われる)が進むそうです。未使用のインスリンは4℃ほどに保たれた冷蔵庫で保存するのが最適で、使用中の物は冷蔵庫から出し入れすることで注入器の故障や不具合を起こす可能性があるために室温で保存し、期限内に使い切るということです。安全で高機能なタンパク質凝集抑制剤が実用化されれば、このように注意が必要なタンパク質医薬品の管理も、ずっと容易になるでしょう。 Views: 170