第125回 天敵が発する振動に学ぶ害虫防除法
振動を利用して害虫から樹木を守る
防風林や庭園などの景観づくりに用いられるマツは、年間木造家屋2万5千戸に相当する量が、松枯れ病の被害を受けて枯死していると言われます。松枯れ病は、マツの体内で線虫(マツノザイセンチュウ)が増殖し、水を運ぶ仮道管に障害が起こることで、マツが枯れてしまうという病気です。線虫は自力ではマツから移動することができませんが、それを助けているのが、マツを食害するマツノマダラカミキリ(以下、カミキリ)です。
カミキリにとっては、線虫によってマツが弱ると松ヤニが分泌されないため、産卵しやすくなるというメリットがあります。そしてカミキリが羽化すると、線虫はカミキリの体内に寄生してマツに運んでもらい、このサイクルを次世代につなぐという関係にあるのです。
従来、農薬を散布することでカミキリを駆除してきましたが、周囲の生物にも影響を与え、生態系を破壊してしまうことが懸念されています。そこで着目したのが、カミキリが木などに伝わる振動を手がかりに、鳥などの天敵の接近を察知して逃げるという行為です。カミキリが脚にある感覚受容器で振動を感知していることが研究で明らかになり、天敵が発する振動を木に与えることで、駆除につながるのではないかと考えたのです。
研究の結果、カミキリが1kHz以下の低周波の振動に敏感で、逃避行動を起こすことがわかりました。そして、磁界によってひずみを生じさせる合金(超磁歪素子)を利用した振動発生装置を使い、マツの丸太で実験を行ったところ、振動を与えたマツにはカミキリが産卵しないこと、また、食害も阻害できることが確認されました。すでに野外実験も開始しており、新しい環境保全型の害虫防除法として実用化が期待されています。またマツに加えて、果樹や園芸、家屋などさまざまな場面で害虫による被害が発生しています。多くの昆虫は振動に敏感で、振動によって天敵の接近を感知するため、松枯れ病以外への応用も検討しているところです。
高梨琢磨 主任研究員
森林総合研究所 森林昆虫研究領域
生物音響学を通して、社会に貢献する技術を発信
子どもの頃から昆虫が好きだったことが、この道に進んだ1つの理由です。ファーブル昆虫記に、「うるさいセミをだまらせるために大砲を撃ったが、まったく効果がなかった。セミは大砲の音も聞こえないほど耳が悪いから、あんなに大きな音を出している」と結論づける話があります。子ども心に、どうしてセミは耳が聞こえないのかと疑問に感じました。もちろん、これは正しくなく、周波数の違いなどで生物種によって聞こえる音と聞こえない音があるということです。生物にとって、音や振動はどんな意味があるのか。それが、私の研究の大きなテーマになりました。 今年5月、私たちは「生物音響学会」を立ち上げました。生物が持っている音に関する能力、音が生物に与える影響など、生理学、行動学、音響学をはじめ、工学、農学に至る、さまざまな立場から研究を進め、社会に役立つ技術を形にしていきたいと考え、活動を開始しています。
マツノマダラカミキリに寄生する線虫(マツノザイセンチュウ)は外来生物で、100年以上前に日本に北米から持ち込まれたと言われています。松枯れ病によって枯れたマツの中において線虫が増殖し、カミキリの幼虫が成長します。翌年にはカミキリの成虫が線虫を別のマツに運び感染させるため、次々とマツが枯れるという状況なのです。富士山と共に世界自然遺産に選定された静岡県の三保の松原をはじめ、全国にある松林の景勝地が大きな被害に遭い、銘木と言われる木々が失われてきました。 また、海岸林は防風・防砂などの災害対策という重要な役割りをもっています。東日本大震災の大津波で甚大な被害にあった海岸線では、海岸林の再生が急がれています。いかにして松枯れ病を防ぐのかという技術開発が、いまなお求められているのです。 Views: 118