第115回  ビタミンB12酵素に学ぶハイブリッド触媒の開発

天然物を超えるバイオインスパイアード触媒

ビタミンB12と酸化チタンハイブリッド触媒

ビタミンB12と酸化チタンハイブリッド触媒

 ビタミンB12は反応部位中心にコバルトイオンを有する化合物。コバルトが+1価では灰緑色(上段左)、+2価では黄色(上段中央)、+3価では赤(上段右)と色が変化する。赤色のものが安定体である。背景は構造イメージ図。下段右の写真は、開発したB12?酸化チタンハイブリッド触媒で、薄いピンク色をしている。溶液に分散したもの(下段左)に紫外線をあてると、励起電子によりコバルト+1価種(下段中央)が生成され、環境浄化触媒としての活性が発現する。

自然界でさまざまな化学反応を司る天然酵素。 安全な材料による環境負荷の低減を目的に、 新たに高機能な天然由来酵素を創製する ビタミンB12酵素に学ぶハイブリッド触媒の開発とは?

天然酵素にはさまざまな種類がありますが、その1つが動物の体内で代謝反応などを司るビタミンB12です。生命の色素とも呼ばれるB12は美しい赤い色が特徴で、悪性貧血や抹消神経障害の治療薬、眼精疲労回復の薬としても使われています。B12が関与する酵素反応は核酸や赤血球の合成などに関連する10種類以上に及びますが、その1つに還元的脱ハロゲン化反応があります。ハロゲンとしては、塩素、臭素、ヨウ素などがあり、B12はこれらをイオンとして除去する触媒となるのです。

この反応を利用してパークロロエチレン、DDT、トリハロメタンなどの環境汚染物質を分解する研究が注目されています。ところが天然酵素は構造的に弱く、安定性に欠けています。また、温度や圧力などの制約があるために工業的にはあまり有効的に使うことができません。そこで、反応部位を取り出して安全な無機材料や高分子と複合化し、天然物を凌駕するハイブリッド触媒をつくろうと考えたのです。

ビタミンB12は中心にコバルトイオンを有しており、酸化還元反応により+1価~+3価と価数が変化し、それに伴って色も変化します。安定体は+3価の赤色で、灰緑色の+1価の状態で還元的脱ハロゲン化反応を引き起こします。そして化学還元剤を用いずに+1価種を生成するクリーンな方法として着目したのが、光触媒でした。光触媒と結合することで、光照射により励起された電子でコバルトを還元させるというものです。

開発されたB12-酸化チタンハイブリッド触媒は、高効率にハロゲン系環境汚染物質を分解し、世界で初めてヒ素を無毒化することにも成功しました。また、高分子にB12と光増感剤を導入したB12-増感剤ポリマーも同様の活性を示すことが実証されています。さらに、分解した後に有用物質に変える研究も進められています。天然酵素を複合材料化することで、天然酵素の機能を超えたバイオインスパイアード触媒の実用化に期待が寄せられているのです。

 

久枝良雄 教授
九州大学大学院 工学研究院

久枝良雄 教授

 複数の学問の学際的な研究領域を探求する

私は30年以上前からビタミンB12を研究しています。当初は、酵素反応のメカニズムや構造の研究を進めていましたが、それがわかってきたので、最近は応用研究に力を入れています。まずは、環境浄化触媒を開発して汚染物質を分解する取り組みを進めていますが、将来的には分解した物質を有用物に変えるところまでやりたいですね。 われわれの研究室では、有機化学、無機化学、錯体化学、光化学、電気化学、生化学の学際的な領域で研究を進めています。1つの分野で専門を極めても、そこで留まらずに異なる分野に目を向けることを研究の指針としているのです。もちろん、すべてが中途半端ではいけませんが、複数の視座をもつことで、研究に新たな展開が開けてくると考えています。それが、天然に学びつつ天然を超えることを可能にするのではないでしょうか。

 

トピックス

 生命の色素と呼ばれるものは、ビタミンB12以外にも多数あります。たとえば、血液中で酸素を運搬するヘモグロビンの赤、植物の光合成を司るクロロフィルの緑。これらは構造体がとても良く似ており、窒素を含む五員環が4つ、環状につながった美しい形をしています。そして、その形が美しい色を生んでいるのです。構造体の中央には、それぞれ鉄、マグネシウムの金属イオンが配位しており、金属イオンがさまざまな反応を担っているのです。 こうした生命の色素は、有効活用する研究がさまざまに行われてきました。現在も、人工血液や人工光合成の研究、ヘモグロビンやクロロフィルに代わる人工ポルフィリンなどの研究が進められています。

 

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