第58回 砂漠の生物に学ぶ結露水の生成
自然の力で砂漠に水をつくる
地球温暖化、水不足や食料危機対策として、砂漠など乾燥地帯の緑化が進められています。緑化には水が必要ですが、人工的に大量の水を引き入れる潅漑農業が土の流出や地表の塩害を発生させ、かえって砂漠化を進行させている現実もあるのです。また、堰やダム建設など、河川の流れを変える大規模工事が、周辺や下流域の環境破壊を引き起こすことがあるのは、歴史が物語っています。
もっと自然に寄り添った形で、乾燥地帯に水をもたらすことはできないのでしょうか? 実は、雨が降らない砂漠でも、空気中には水蒸気が含まれており、昼夜の寒暖の差で露ができるのです。そして、自らの体などに付着したほんのわずかな結露を糧として生きる昆虫や植物がいます。結露をうまく利用して点滴潅漑を行えば、少しずつ緑を根付かせることができるのではないか。そんな発想から、“砂漠に水をつくる”研究が始まっているのです。
そ結露水をつくる方法として、現在、熱音響システムとペルチェ素子を使う、2つのアプローチで研究が進められています。1つは熱音響システムです。これは、加熱して音を発生させる“レイケ管”と、音の圧力差が管内の熱を輸送することで冷却部分と加熱部分を生じさせる仕組みを組み合わせた装置で、そこで生じる温度差で結露を促そうというのです。一方、ペルチェ素子は電圧を温度差に変換する電子冷却部品で、冷却面に結露させることができます。共にエネルギー源が必要ですが、砂漠に降り注ぐ太陽熱や太陽電池による電力でまかなうことが可能です。
水を人為的に大量に移動させて砂漠を潤そうというのではなく、自然の力を借りて、その場で水をつくって使い自然に返す。そのような手軽で、環境負荷の少ない装置が完成すれば、乾燥地帯だけでなく、衛生的な水が確保できない地域や緊急用の水源としても有効ではないでしょうか。
鴇田(ときた)泰弘 客員准教授/大内康裕 客員講師
早稲田大学 環境総合研究センター
人が地球の厄介者にならないために…
鴇田は建築と音響の研究、大内はディジタル信号処理が、それぞれ本来の専門分野です。ところが恩師の縁で環境分野に、しかも「砂漠に水をつくる」という命題に挑むことになりました。いま、人間は地球の厄介者のような状態になっていますが、少しでもそうならない努力をするべきではないか。そんな気持ちで研究に取り組んでいます。 大切なのは、自然を大きく変えないこと。水の場合も外部からもち込むのではなく、水の循環の一部を借りて利用し、その循環に戻す、オンサイトで完結させるという考え方に、この研究の意味があると思います。それが、砂漠に限らず、世界の水問題の解決につながるのではないでしょうか。本来の音の研究ももちろん続けますが、音以外の分野にも視野を広げ、環境に寄与する研究をこれからもやっていきたいですね。
わずかな結露で生きる昆虫として有名なのが、アフリカ南西部のナミブ砂漠に生息するゴミムシダマシという甲虫です。和名ではキリアツメ属に分類されるこの虫は、海で発生して砂漠に流れてくる霧を逆立ちのような体勢で受け、付着した露が体を伝って口に入るようにしています。背中にデコボコがあり、水を引き寄せる(親水性)部分と水をはじく(疎水性)部分でできているため、水を運ぶ水路の役目も果たしているといいます。 また、乾燥に強いサボテンは葉がトゲ状になり、茎が丸くなったりしています。これは、体内からの水分の蒸発を防ぐと同時に、結露を葉に留めずに地面に落とすことで根から直接水分を吸収しやすくするためなのです。極限の地で生き抜くために、生物が身に着けた見事な知恵に学ぶことは、まだまだあるのではないでしょうか。 Views: 399