第57回 光合成に学ぶ光機能性材料
光機能性ハイブリッド超分子
石油依存体質からの脱却、二酸化炭素の排出抑制などを目的に、太陽光発電の利用が世界的に進んでいます。しかし、その発電効率は最高でも20%程度と決して高くはありません。また、現在生産されている太陽電池の多くが結晶系シリコン製で、原料となるシリコンの不足も懸念されており、薄膜系や色素増感型など新しい材料による高効率な太陽電池の開発がさまざまに展開されています。
植物や緑藻類、光合成細菌は、太陽の光エネルギーを化学エネルギーに変えて利用する光合成によって、水と二酸化炭素から生命活動に必要な物質(糖類)をつくり出しています。そして、光を効率よく集めて伝達するために、優れた“アンテナ”を備えているのです。これは、光合成色素であるクロロフィルが規則正しく並び、その周りを脂質膜が覆ったもので、集めた光エネルギーは反応中心に運ばれ光合成が行われるのです。天然のクロロフィルそのものを使ってこのアンテナの構造を人工的に再現し、光機能性材料として利用しようというユニークな研究が行われています。
生体では、分子同士が相互作用でゆるく集合して脂質膜がつくられており、材料として利用するためには、膜が壊れやすいという欠点があります。これまでの研究では、ケイ素を含む化合物を利用することで強固に結び付いた膜カプセルをつくり、その中にクロロフィルの自己組織化を利用してキレイに配向させたハイブリッド超分子の合成に成功しています。
複数の物質で構成される超分子は、1つの分子では発現できない新しい機能をもつことが知られています。さらに、希少金属を含む色素分子の代わりにクロロフィルを利用する超分子は分解も容易で、環境負荷が少なく持続可能な資源利用につながるものです。実用化への課題はまだ残されていますが、超分子の高密度化や電極への集積などによるナノデバイスの構築も研究が進められており、将来、生物由来の材料による高効率な太陽光発電が実現するかもしれません。
佐賀佳央 講師
近畿大学理工学部理学科
生体の原理を人工的に再現する
院生時代の光応答性タンパク質の研究に始まり、現在は、光合成を対象とした研究を中心に行っています。子どもの頃から化学が好きでしたが、特に、色が変化する反応など、色がもつ秘密に興味をもったことが、いまにつながっているのかも知れません。研究者としてのモチベーションは、動的な過程を含めた生命現象を分子レベルで理解し、その原理を活かして人の役に立つ“おもしろいもの”をつくること。遺伝子改変ではなく、化学のちからをうまく利用して天然の物質を修飾・改変し高機能材料にする。その1つが有機-無機のハイブリッドなのです。 生物の光合成色素の配合や配列には、光合成を効率よくするための意味があります。それを明らかにし、その仕組みを人工的に再現して高機能な光機能デバイスを開発すること。それが、現在の夢です。
超分子という言葉は、異なる種類の分子またはイオンが結合するのではなく、分子(イオン)同士の相互作用によって集まり、もとの分子(イオン)を超えた新しい機能をもつ複合体を指す総称です。そのキッカケとなったのは、王冠のような形の環状化合物「クラウンエーテル」の発見で、その環(わ)の大きさに適合する金属イオンを選択的に取り込むことが報告されたことでした。その後、分子の中に分子を包み込む超分子工学の研究が盛んになり、分子カプセル、分子チューブなどとして利用されるようにもなっています。超分子は条件を整えることにより、自律的に組み上げられるものですが、そのお手本の最たるものは、生命の機能を発現するさまざまな生体分子なのです。自然に学んだ高機能を発現する超分子の研究は、新しい材料開発からナノマシンのような装置開発へと発展をみせています。 Views: 76