第32回 タンパク質の凝集に学ぶナノ素材
タンパク質の本質をとらえたナノ素材の創成
立体構造をもつタンパク質は、その構造によって特異的な機能を示し、生命現象を維持しています。構造を形成するフォールディング(折り畳み)に失敗すると、タンパク質が会合してアミロイドと呼ばれる凝集体となりタンパク質本来の働きをしなくなるだけでなく、なかにはプリオン病(狂牛病)やアルツハイマー病などの原因になるものもあります。そうした凝集を、抑えることはできないのでしょうか?
タンパク質は熱に弱く変性しやすいのですが、温度が90℃以上の環境で生育する「超好熱菌」という生命体がおり、その体内には、あらゆる生物がもっているポリアミンという小分子が非常に高濃度で存在していることがわかっています。ポリアミンはプラスの電荷を帯びているため、細胞内でDNAやRNAという核酸と結びついて安定した状態を保つ働きをします。また、タンパク質の合成を活性化する働きなどもあり、研究の結果、タンパク質の熱凝集を高度に抑えることが明らかになりました。これにヒントを得て、さまざまなタンパク質凝集抑制剤が開発され、抗体医療や食品加工などで利用が試みられています。
また、タンパク質凝集体のさまざまな形に注目し、その特性を活かした素材開発も進んでいます。幅数ナノメートルのアミロイド線維に金を修飾したナノワイヤー。カゴ状の凝集体内で、銀を還元させてつくる銀ナノ粒子。さらに、アミロイド線維に酵素機能をもたせたり、線維上に無機物質を規則正しく配列させる研究なども始まっています。
マイクロチップなど、半導体の微細加工が限界といわれるなか、タンパク質の分子認識と自己組織化を巧みに制御する技術は、ナノサイズの電子回路をつくるアプローチの1つとしても期待が寄せられています。そして、アミロイドの会合や溶解を制御することで、必要に応じて合成・分解される、夢のバイオナノマシンが誕生する可能性も秘められているのです。
白木賢太郎 助教授
筑波大学大学院 数理物質科学研究科
生体内に近い“場”で、タンパク質の挙動を探りたい
タンパク質の研究は、1種類に注目して本来の機能を解明するものが多いですが、私は、ミスフォールディングや混み合った場にも注目して研究を行っています。 細胞内はさまざまな生体高分子で混み合っており、その大部分がタンパク質ですが、立体構造を形成して働いているタンパク質ばかりではありません。半分は活性のある構造をもっておらず、何をしているか分かっていない状況です。将来的には、多彩なタンパク質が織り成す“場”を再現してみたいですね。難しいことですが、生体内により近い環境を研究室レベルで創り出し、混み合ったタンパク質の挙動を見ることで、生命の仕組みが解明されていくのではないかと考えているのです。
タンパク質凝集抑制剤は、医療や食品加工などの分野で利用されていますが、具体的にどのような役割を果たしているのでしょうか。たとえば、抗体医療は免疫反応に関わるタンパク質(抗体)を薬として用いますが、抗体はそのままでは数分で活性がなくなってしまいます。凝集抑制剤を利用することで、活性を数日もたせることができるのです。 また、タンパク質の凝集が引き起こす病気としては、プリオンやアルツハイマーが知られていますが、ほかに透析アミロイド症があります。腎臓病の治療で人工透析を10年くらい続けていると発症することがあるといいます。体内のβ2-ミクログロブリンという物質がアミロイド線維となり、関節や骨に蓄積され、関節痛や関節炎、しびれなどを引き起こすのです。これは、透析用のフィルターにタンパク質凝集抑制剤を加工することで、30年間くらい抑えられると考えられます。 タンパク質のミスフォールディングでつくられるアミロイドにはさまざまなものがあり、すべてが病因となるわけではなく、無害なものも確認されています。タンパク質については、いかにミスフォールディングが起こるのか、どうしたらそれを防げるかという病気の予防と治療を目的とする研究も盛んに行われていますが、一方で、無害なアミロイド性タンパク質を利用した新素材やデバイスを開発する研究も注目されているのです。 Views: 96