第23回 タンパク質に学ぶ人工材料開発
単純化がもたらすタンパク質の限界構造
筋肉や内臓、皮膚、髪の毛など体の部品だけでなく、インスリンなどの一部のホルモン、ペプシンなどの消化酵素、ヘモグロビン、病原菌に対する抗体、情報を 伝える受容体(レセプター)など、生命活動を維持する物質もタンパク質であり、ヒトの場合だけでも数万種類以上あるといわれています。
タンパク質は、DNAの遺伝情報によってつくられるのですが、まず、遺伝子の文字配列に対応して20種類のアミノ酸が数十~数百個つながり、ヒモ状の一次 構造ができます。次に、らせん状やシート状の二次構造を形成し、さらに自動的な折り畳み(フォールディング)が行われ三次元の立体構造体となって初めて、 タンパク質の機能が発揮されるのです。ゲノム(全遺伝情報)解析が終了し、さまざまなタンパク質のアミノ酸配列が明らかになりました。しかし、立体構造が できる仕組みは、まだよくわかっていません。そこで、DNA上に記された、タンパク質の設計図を読み解く研究が注目されているのです。
たとえば、ヒトと同じように、バクテリアも光を感知する「光受容タンパク質」をもっています。紅色光合成細菌のPYPという光受容タンパク質を使い、アミ ノ酸のどの部分を残せば、その光受容機能を維持できるかという研究が行われています。不要と思われるアミノ酸を別のアミノ酸に置き換えることでアミノ酸配 列を単純化し、人工タンパク質を設計しようという試みです。現在までに125のアミノ酸残基のうち22個を置換した結果、光受容機能が失われることが確認 され、選択的にいくつか戻すことで、本来の構造に大きく近づきつつあります。
天然の光受容タンパク質を模倣したこの人工タンパク質は、高効率な光センサーなどへの応用が考えられます。将来的には、同様のアプローチでさまざまなタン パク質の設計も可能になるでしょう。そして、不要になれば分解し、つなぎ直せばリサイクルできるタンパク質は、多様な分野において、環境を汚さず壊さな い、画期的な新材料となるはずなのです。
今元 泰 助教授
奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科
生命現象の不思議を理解し、それを超える物質をつくる
生物の生命現象は、体内で起こる化学反応によるものです。学生時代から、その不思議な世界を解き明かしたいと思って、タンパク質の研究をしてきました。当 初は、ヒトや動物の目の光受容タンパクであるロドプシンを対象にしていましたが、現在は、バクテリアが中心です。紅色光合成細菌から抽出された光受容タン パク質“PYP”は、バクテリアが、光合成の妨げとなる青い光から逃げるための光センサーだと考えられています。高次構造がすでに明らかにされているの で、アミノ酸のそれぞれの働きや、相互作用の研究に向いている試料といえるのです。
人工タンパク質を実際につくってみることで、遺伝子の配列情報から、その立体構造を予測できるようになると考えています。予測したものは、いろいろなタン パク質に共有できますから、研究が進むと、医療、エネルギーなどさまざまな分野で、画期的なタンパク質材料がつくられるようになるでしょう。
アメリカ、イギリス、日本、フランス、ドイツ、中国の6カ国から16の研究チームが参加して1990年に開始された「ヒトゲノムプロジェクト」が、 2003年4月に終結し、ヒトゲノム情報が解析されました。ゲノムとは遺伝子情報という意味で、ヒトの場合、30億個にも及ぶDNAの塩基配列全体のことです。そして、DNA配列の中にタンパク質の生成に関与する遺伝子が存在しています。 そのため、DNAは「生命の設計図」と呼ばれるのです。 ヒトゲノムプロジェクト以前、ヒトの遺伝子は10万個程度はあると考えられていましたが、解析が終了した現在では、2万~2万5000と言われています。いずれにしても、膨大な数の遺伝子によって、どのようなタンパク質がどこでつくられるか決まってくるわけです。 タンパク質の生成(フォールディング)は、マイクロ秒からミリ秒というほんのわずかの時間で行われます。そのとき、正常なフォールディングが行われずに変性タンパク質がつくられ、それが病気の原因となることもあるのです(狂牛病やアルツハイマー病)。タンパク質のアミノ酸配列が明らかにされた現在、どのような遺伝子がどのような構造を決定し、そのタンパク質に特有な機能を生んでいるか。その解明に大きな注目が集まっているわけです。 Views: 46