第144回 女王アリに学ぶ長期間精子貯蔵メカニズム
精子を長寿化する女王アリの秘密
世界中の至る所に生息するアリは、一般に、女王アリを中心に巨大な群れ社会(コロニー)を形成して暮らしています。女王アリの役割はコロニーを大きくするために、卵を生み続けることです。女王アリが生む受精卵はすべてメスで、通常は働きアリとなります。そして、コロニーが十分に熟成すると、女王アリは無精卵で羽のあるオスを生むのです。
そして、メスのなかから次世代の女王アリとなるべく運命づけられた個体が羽アリとなって飛び立ち、オスと交尾を(結婚飛行)します。オスは交尾後にすぐに死んでしまいますが、女王アリは地上に降り立って羽を落とし、土の中に潜って新しい巣をつくり始めます。女王アリの寿命は長く10年以上とも言われますが、実はその間、結婚飛行で得た精子を受精嚢(ルビ:のう)と呼ばれる袋に貯蔵して、長期間にわたって産卵を続けているのです。通常、動物のオスの精子は交尾後、数時間から数日で著しく劣化するため、極めて特殊な能力だと言えます。
こうした、女王アリが常温で長期間、精子を生かし続けるメカニズムを解明しようという研究が、現在行われています。これまでの研究で、受精嚢に特異的に発現する遺伝子、オスに共通して高発現する遺伝子などが複数、特定されています。今後は、これらの遺伝子からタンパク質を合成して精子と共に培養して生存率を調べる実験や、受精嚢自体の化学組成を調べる研究などを通じて、それぞれのタンパク質の働きと貯蔵メカニズム全体の秘密に迫って行く計画です。
現在、家畜や人の精子は液体窒素により凍結保存されています。女王アリによる精子の長期保存の仕組みを解明することで、ほ乳動物の精子や細胞などを常温で安定的に保存するヒントになると期待されているのです。
後藤彩子 専任講師
甲南大学 理工学部
研究には“メゲない”ことが大切
小学生の頃から、アリの行列をじっと見ている子どもで、自由研究でいろいろ調べたことが、現在につながっています。中学生頃に、女王アリが無精卵と受精卵でオスとメスを生み分けているということを知り、身近なアリでも知らないことがまだまだたくさんあると感動しました。高校生のときにはクローン羊の誕生というニュースに大変に驚き、生物に本格的に興味をもつようになりました。 研究をしていると、予想と違う結果が出ることは良くあり、仮説が崩れることもしばしばです。こっちがダメなら、あっちでやってみようという切り替えも必要になります。また、実験したくとも必要な装置が身近にないこともあり、インターネットで調べて、遠く離れた知人もいない大学の研究室に使わせてもらえるようにお願いしたこともあります。研究を続けていく上で大切なことはいくつかありますが、まずは“メゲない”で、打開策を見つけていくことが重要だと思います。
女王アリの寿命は10年以上と言いますが、29年もの間生存したと記録されている種類もあるそうです。女王アリが新しく巣をつくり、最初に産卵するときには働きアリがまだいないので、食事をせずに子育てをすると言います。そして働きアリが育ってくると、食事は働きアリが調達してくれますので、さらに精力的に産卵に励みます。寿命の大半を尽くして働きアリを生み、やがてコロニーが成熟してくると次世代の女王となる羽アリたちを生み始めるのです。次世代の女王をどれだけたくさん生めるかで、子孫の繁栄がかかっており、そのために身につけた特殊能力の1つが精子貯蔵能力なのです。 Views: 65