第139回 天然ゴムに学ぶ高性能ソフトマテリアルの創製
天然ゴムの強さの秘密を探る
紀元前1250年頃から南米で利用されていたと言われる天然ゴム。ヨーロッパに渡った天然ゴムは産業資材として注目されるようになり、18世紀には消しゴム、ゴム管やゴムバンド、防水布など、工業利用が始まっています。19世紀になって、硫黄を利用してゴムの弾性を大きく高める“加硫”技術や、カーボンブラックを補強材として充填する技術が発明されると、タイヤをはじめ、さまざまな用途が広がっていったのです。
用途の拡大とともに、合成ゴムの研究が進み、多様な種類の合成ゴムが開発されてきました。しかし、大型車両や航空機などのタイヤ、建物用の免震ゴム、医用保健用品などには、合成ゴムでは代替えできない材料として、しなやかで強い天然ゴムがいまでも利用され、ゴム総消費量の約40%を天然ゴムが占めているのです。では、その強さの秘密はどこにあるのでしょう。天然ゴム製品の優れた特性を説明する科学的に十分な答えは、未だ出ていません。そこで、その秘密を解明することで、新しい合成ゴムの設計に役立てようという研究が進められています。
主として、ブラジル原産のへベア樹から採取されるのが天然ゴムです。アマゾン河口の港町パラ(現在のベレン)から天然ゴムは輸出されていたので「パラゴムの樹」とも呼ばれています。現在、最大の生産地は世界産出量の98%以上を占める東南アジアであり、種から育てた苗木を移植し、接ぎ木などのクローン技術によって増やしてきました。東南アジアの数種類のクローンから採取したゴムでフィルムを作製して、引張試験/広角X線回折同時測定、動的粘弾性試験、熱特性の評価などを行ったところ、非ゴム成分が物性に特異的に影響していることが明らかになってきました。
天然ゴムは、経済発展によるゴム農園の減少や異常気象による生産量の減少が危惧されています。大気中の二酸化炭素を吸収して高分子を産出するへベア樹は、環境保全の観点からも重要な資源といえます。天然ゴムの物性を科学的に真に理解することで、新しい高性能なソフトマテリアルの創製を目指すこと、さらには、天然ゴムそのものをより有効に活用する道を拓くことが、いま求められているのです。
池田裕子 教授
京都工芸繊維大学 分子化学系
21世紀のゴム科学の確立に挑む
私は元々、ゴムを利用して医用材料の人工血管や人工皮膚などをつくる研究をしていました。しかし、日本でも臓器移植が認められるようになり、iPS細胞に代表される細胞工学が大きく発展してきました。そこで、「天然ゴムはなぜ強いのか」という原点に立ち返り、研究をすることにしました。 175年前に発明された加硫は、現在、促進剤などさまざまな試薬が加えられ、非常に複雑化しています。補強効果をはじめ、ゴム技術はトライ・アンド・エラーで蓄積してきたノウハウであり、厳密な意味での高性能化の“鍵”はどこにあるのか、科学的な最適解が明確にされていないのです。 ゴム科学は、もう過去のものと考える人も少なくありませんが、運輸・航空、医療、免震と、社会にとって非常に重要な分野を支える学問です。研究室には、天然ゴムの主要産出国であるタイからの留学生もいます。学生と一緒に、次世代のゴム科学を確立したいと考えています。
天然ゴムに関連する新たな動きとして、近年、へベア樹以外の植物から天然ゴムを産出するプロジェクトが動き始めています。その1つが、アメリカテキサス州南部やメキシコ北部に繁殖するワユーレという植物の利用です。2013年からアメリカアリゾナ州に栽培農場を設けて研究を続きてきたブリヂストンは、2015年10月にワユーレ由来の天然ゴムによる世界で初めてのタイヤを完成させたことを発表しています。また、ロシアタンポポを天然ゴムの資源として利用するための研究も進められています。エコマテリアルとして再認識される天然ゴムは、加工技術などの向上により高効率に高性能な製品を開発する技術開発と並行して、天然ゴムを安定的に供給するための新たな資源の探索が加速化しているのです。 Views: 61