第129回 ホヤの幼生に学ぶ運動メカニズムの解明
シンプルで柔軟な泳ぎの秘密を探る
食用にされることもあるホヤ(海鞘)は、さまざまな種類が世界中の海に生息しており、学術的には脊椎動物に最も近縁な無脊椎動物であることが知られています。すでにゲノム解読も完了し、脊椎動物の起源と進化を知る上で貴重な研究対象です。ホヤは、卵からオタマジャクシ様の幼生が生まれて海中を遊泳し、これが岩などに付着して成体となるのです。
これまでの研究では、幼生が生まれる仕組みなど発生学的なものが主流でしたが、現在、ホヤ幼生の泳ぎに注目したユニークな研究も行われています。体長わずか1ミリメートルほどの小さな身体には、筋肉細胞が左右に18対、運動神経細胞が3?5対あるのみだと確認されています。1個体としては、運動に関わる細胞の数が最少だと考えられるホヤ幼生の振る舞いを研究することで、生物が泳ぐ仕組みを細胞レベルで解明できるのではないかと考えたのです。
高速度カメラによる運動解析により、左右の筋肉を収縮させて身体をくねらせ、前から後ろに屈曲波を伝播させていること、単純な神経系で収縮の強弱を制御して進む方向を変え、魚と同じように泳ぐことが確認されています。また、目が2つある生物は左右の目に入ってくる光の差で光がさしてくる方向を感知しますが、目が1つしかないホヤは光がさしてくる方向を知るためにらせんを描きながら泳いでいることや、筋繊維に特徴的ならせん構造が見られることなども発見されています。
カタユウレイボヤやマボヤの幼生を使って研究を進めていますが、今後は人工的なアクチュエータを使い、ロボット上で詳細な研究も行っていく予定です。単純な運動ユニットで柔軟な泳ぎを実現するための生体構造と制御の仕組みが解明されれば、泳がなかった生物が泳ぐようになるという1つの進化を再現できるかもしれません。そして細胞を材料として、身体の中で働く新しい微小ロボットの誕生へとつながるかもしれないのです。
西野敦雄 准教授
弘前大学 農学生命科学部
生物の動きを通して、進化の歴史を考える
ホヤは、マウスやショウジョウバエ、線虫ほどではないにしても、海洋動物としては突出したモデル生物として世界中で研究されています。私は、10年ほど前からホヤ幼生の研究をしていますが、当初は、筋肉細胞も少ししかないこんな単純な身体で本当に巧く泳げるのだろうか、という疑問もありました。しかし、実際に高速度カメラで観察してみると、非常に巧く泳いでいたのです。それを目にして以来、その泳ぎと身体の構造を詳細に調べることで、生物の進化の歴史を考える上で新しい発見ができると考えて研究を続けています。
昔、ホヤは貝の仲間だと考えられていましたが、1860年代にホヤの発生を観察した研究者がオタマジャクシのような幼生になることを発見しました。ホヤの幼生は尻尾を貫く脊索という骨格にあたる支持器官があり、その左右に筋肉と背側に神経管があり、基本的な体のつくりが脊椎動物と同じであることが確認されたのです。古くから、発生生物学の研究対象とされており、ナメクジウオとどちらがより脊椎動物に近いかという議論が長年にわたりされてきたそうですが、ゲノムが解読されたことでホヤがもっとも脊椎動物に近いことが裏付けられました。 一方で、動物としては唯一、体内でセルロースを生産することも知られています。単純な構造で扱いやすいことから発生生物学では100年以上も前から研究されてきたホヤは、現在もなお、脊椎動物の起源を知るモデル生物としてさまざまな研究が行われているのです。 Views: 97