第114回 ハダカデバネズミに学ぶ老化耐性の仕組み
健康で長寿の秘密を探求する
アフリカに生息するげっ歯類のハダカデバネズミは、アリやハチのように、繁殖個体である女王と王、兵士ネズミ、働きネズミという役割分担による群れ社会を形成して暮らしています。このような集団生活の営みは“真社会性”と呼ばれますが、哺乳動物では見られないと言われていました。ところが、その存在が知られるようになると珍しい事例として注目され、1980年代から生態研究が行われるようになりました。
長年の観察から、ハダカデバネズミが小動物の中でも非常に長寿であり、老化が遅いこと、個体のがん化が見られないことなどがわかってきました。一般に、動物は体が大きいほうが寿命が長いと言われていますが、げっ歯類の最大種で体長が1メートル以上あるカピバラは長くて十数年の寿命です。ところが、体長10cmほどの小さなハダカデバネズミの平均寿命が28年という、異例の長さを示しているのです。
人間を含めた動物は通常、中年期以降に老化が進んでいきます。しかし、ハダカデバネズミは、生存期間の8割までは老化の兆候が現れず、寿命をまっとうしようとする超高齢になってはじめて加齢性変化を示して死に至るのです。その健康で長寿の秘密を解明し、老化耐性やがん耐性に資する創薬等に活かそうという研究が行われています。これまでの研究で、がん抑制や細胞周期に関わる特化した遺伝子の存在が明らかになり、それらが細胞レベルや個体レベルでのがん化耐性につながっているのではないかと考えられています。
また、要因は1つではないだろうとも考えられており、細胞分裂の速度がヒトやマウスに比べて非常に遅いこと、心拍数がマウスの3分の1であること、代謝も遅いことなど、さまざまな知見も集積し、エネルギー代謝のメカニズムの研究も進められています。ハダカデバネズミを用いた、がん・老化研究の日本で初めてのアプローチに、今、大きな注目が集まっているのです。
三浦恭子さん
慶応義塾大学 医学部/科学技術振興機構さきがけ研究者
子どものころに抱いた“根本的な問い”を忘れずに…
大学院時代は、京都大学の山中伸弥先生の元でiPS細胞の研究をしていました。博士課程の半ば頃、次世代シークエンス技術が飛躍的に発展し、モデル生物ではない、未開拓の動物を分子生物学的に研究したいと思うようになりました。そこでたどり着いたのがハダカデバネズミでした。2010年に、譲り受けた30匹の飼育からスタートしましたが、1年間はまったく子どもが生まれず、いろいろな方々の力を借りて試行錯誤しながら何とか研究体制を整え、飼育数も現在は100匹を超えるまでになりました。 昔から、いきものの生と死に興味がありました。高校のときの恩師である化学の先生が、「本当に純粋な研究は小学生の夏休みの自由研究だ」とおっしゃっていました。子どもの頃に疑問に思ったことは“本質的な問い”なのだと、最近になって先生の言葉をよく思い出します。なぜ研究したいと思ったのか…。その問いに対してブレることなく、少しずつ前進し続けていきたいと思います。
ハダカデバネズミは、湿度60%、気温30℃という高温多湿の環境で飼育されています。餌はにんじん、サツマイモ、リンゴ、ジャガイモ、バナナ、オートミールなど。野生は地中でアリの巣のようなところで暮らしていますが、研究室ではアクリルパイプを縦横につなげて巣の状態を再現しています。ハツカネズミなどは子孫をどんどん増やしますが、ハダカデバネズミは繁殖能力が低く、子どもが育ちにくいため競争がないといいます。環境変化も少なく、協力して集団生活をしていることが、長寿に関係があるのではないかとも考えられています。 またマウスなどはコロニーから外へ出て行きますが、ハダカデバネズミは内部に留まり、近親交配を繰り返すために遺伝的に均一になっていると言います。そのため、何か環境が変化すると絶滅する可能性が高いとも言われているのです。 Views: 66