第113回 微生物に学ぶ高性能バイオポリマーの創製
微生物の体内で直接乳酸ポリマーを合成
石油資源の消費を抑制し、バイオマス資源を原料とするバイオポリマーの生産が世界で盛んに行われるようになっています。主流は、とうもろこしなどのでんぷんからポリ乳酸などのポリマーを合成するものです。しかし、食料との競合などが問題となり、セルロースやキシロースを主成分とする非可食植物を原料とする研究が活発化していますが、分解処理が難しいことやコスト対効率などの点から大きな展開を見せるに至っていません。そこで、微生物に直接、乳酸ポリマーを生産させるという新しいプロセスの開発研究が注目されています。
自然界には、植物の糖分や二酸化炭素を栄養源にしてポリエステルなどのポリマーを生産し、体内に蓄積する微生物が多く存在しています。そうした微生物の力を活かして、さらに性能の高いポリマー生産用の微生物工場にしようというものです。化学工業ではポリマーの重合には金属触媒が使われますが、微生物は生体触媒である酵素を利用しており、合成プロセスにおいて環境負荷を低減できるというメリットもあります。そこで、微生物が高効率にポリマーを合成するための、新しい酵素触媒の研究が進められました。
研究の結果、世界に先駆けて「乳酸重合酵素」が開発されました。初めて乳酸が重合できた“スーパー酵素”です。これにより、バイオマスから微生物に直接乳酸ポリマーをつくらせることに成功したのです。また、このスーパー酵素の仲間をモデル植物体であるタバコの葉っぱなどに遺伝子導入し、水と二酸化炭素を原料に植物体内でポリマーを合成できるようになってきています。
現在のところ、遺伝子工学で最適化したポリマー生産微生物を1リットルの容器で培養すると、2?3日で100グラムほどのポリマーが生産できるところまで来ています。酵素のさらなる高活性化などが進められており、微生物工場や食料とバッティングしない植物工場という環境負荷の少ない生産プロセスによる生分解性プラスチックが、社会に普及する時代が近い将来、来るかもしれません。
田口精一 教授
北海道大学大学院 工学研究院
夢は、畑でプラスチックをつくること
石油からバイオマスへと原料が転換されればプロセスの転換も必要となります。そして、結果的にまったく新しいものをアウトプットできるかもしれないのです。プロセスでもプロダクトでも、オリジナリティや新規性を大事にしたいと思って研究しています。開発したスーパー酵素は植物に導入しても働きます。現在、食料生産と競合しないタバコなどの植物を利用して、水と二酸化炭素から、太陽光エネルギーを駆動力として畑でプラスチックをつくるシステムの構築も進めています。完成すれば、究極の未来技術と言えるでしょう。 もともとサイエンスの謎解きが好きで、知的なお遊びがしたいという気持ちが研究の根底にあります。生物は謎が多いからおもしろいですね。ケミカルではできないような新しいものづくりが、バイオでできるのではないかと思います。
乳酸ポリマーはバイオポリマーの中でも透明性があり、加工性にもすぐれています。また、微生物により最終的に二酸化炭素と水に分解される生分解性プラスチックとして、すでに農業用マルチシートなどが実用化されています。従来の製造法では、トウモロコシやジャガイモなどから抽出したデンプンをグルコースに分解し、発酵させて得た乳酸を精製・濃縮させた後は、化学合成によりポリ乳酸をつくっています。一方、微生物工場や植物工場では、モノマー供給酵素と乳酸重合酵素の2種類の酵素をつかうだけで、でんぷんやセルロースなどを分解した糖(グルコース)からダイレクトに乳酸ポリマーを合成することができるのです。二酸化炭素を含む炭素資源の循環、プロセスの簡略化という点からも、こらからの生分解性プラスチックの合成法として大きく期待されています。 Views: 35