第 1回 タマムシに学ぶ構造色発色
宇宙や環境とのコミュニケーションを”必要”によって身につけた虫たち。 紫外線や熱線を跳ね返す全てをいつしか美しさへと進化させ、 求愛や威嚇へと応用するようになったタマムシに学ぶ新技術とは。 タマムシ 色は通常、ものの成分である化合物の光に対する吸収により生じます。染料はこうした考え方に基づいて利用されてきました。一方、構造色とは光の回折・屈折・干渉・散乱に基づく色であり、微細なナノ構造がもたらす発色です。染料のように光の吸収や放出ではなく、光の本質は変えないまま、単に分光するという操作だけで生じるのが構造色の特徴といえます。
光は無色透明に見えますが、実は赤・橙・黄・青・藍・紫の色が混ざり合って構成されています。雨上がりに見える”虹”が最も分かり易い例と言えるでしょう。実は、空の青はこの”光の青”なのです。太陽の光は私達へと届くまでに大気を通過しますが、”紫(短い波長)”は大気の上層部で空気の分子にぶつかって、散乱してしまい地上までは届きません。逆に”赤(長い波長)”は少々の障害物は越えてしまいますが、波長が長いほど光は弱いので、大気で散乱しながらも地上へと届く”青”に負けてしまいます。その結果、私達の見る空は”青”になるのです。
空や夕焼けも構造色といえるのですが、興味深いのは生物の発色です。 ルリスズメダイという魚は、敵を威嚇するときに体の表面の色を遺伝子の一部であるグアニンの配列とその間隔によって変色させます。また、孔雀の鮮やかな羽の発色は微粒子結晶によるもので、求愛に利用されます。タマムシやカナブンの翅(はね)は、表面にコレステリック液晶による多層膜構造をもち、見る角度で異なる多様な色を表現しているのです。 赤?紫まで、色の違うカナブンが多種類存在しているのは、翅の色素細胞が異なるのではなく、多層膜構造に多少のズレがあり、分光による光の操作が変わるからです。
更に、このタマムシやカナブンの表面の構造は、現在では携帯電話やテレビなどで私達の身近なものとなった液晶と非常によく似ている構造だということがわかりました。
人は液晶を開発する為に何年もの年月を費やしたわけですが、このタマムシは既にそんな技術を遥か昔から知っていたわけです。生物がものづくりの先生であることの一例と言えるでしょう。
このように、自然の中には新しい技術へのヒントがたくさん隠されているのです。
渡辺 順次 教授 東京工業大学大学院 有機・高分子物質専攻
人が生物の優れた技術を手に入れるためには、「生物がいかにしてその微細な構造をつくりあげたか」という生体プロセスを明らかにする事が重要です。 幼い頃に見慣れたタマムシでしたが、大学の研究でポリペプチド液晶がタマムシと同じ色を発することを知り、その不思議さと奥深さに魅入られてしまいまし た。それから研究を進め、コレステリック液晶のらせん構造を解析し、タマムシを超えたとまでいわれるカラーフィルムの開発に成功しました。今では、プリン トカラー素材や液晶ディスプレイの高位相差板などに実用化されています。 今後、さらなる応用として、コレステリック固体による光の増幅を用いたレーザー発信の実現へ向けた研究を進めており、タマムシがレーザー発信する!!という夢がもう間もなく実現しようとしています。
アマゾンや中南米の熱帯雨林に生息するモルフォチョウは、金属光沢のある鮮やかな青の翅(はね)をもつ美しい蝶で、空飛ぶ宝石とも呼ばれています。蝶や蛾(が)は鱗翅(りんし)類の昆虫で、その翅の表面はウロコ(鱗)状の鱗片(りんぺん)で覆われているのが特徴です。モルフォチョウの翅の鱗粉には、 0.7μmの間隔の多くの筋が並び、そのひとつひとつの筋に、また0.2μm間隔の棚が作られています。それぞれの筋の高さは不規則で、単純な干渉だけではなく、モルフォチョウ独自のメタリックな強いブルーを生みだすと言われています。 モルフォチョウの生息する熱帯地域では、強い日差しが照り付けているので、チョウのような体温調節できない昆虫にとっては非常に厳しい環境です。それに対応する為に、モルフォチョウは”青く輝く”ことによって、太陽光を反射し体温調整をしているのです。
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